第18話 白雪姫へのお返し
「うん、全体的に桜の蕾も桃色に色付いてきたな」
翌日の金曜日。晴人は月曜日の写真撮影以来、桜の様子を確認していなかったことに気付き朝早くから学校の桜の前に立っていた。
未だ冷ややかな空気は残っているが辺りはぽかぽかと陽気に包まれており、四月の初旬を経てだいぶ春らしい雰囲気を纏ってきたと言えるだろう。
スマホを持った晴人が現在見つめている桜の蕾もその通りだ。
ここ数日は風邪を引いたり、母親である咲良から早朝の登校や放課後居残ることを禁止されて止む無く従っていたが、こうして全体的にふっくらとしてきた桜の蕾を見ているとその経過を写真に収めることが出来なかったのはほんの少しだけ心残りである。
まぁ咲良は意地悪で言っているわけではないのだから、決して文句は言えないのだが。
「あっという間だな……。あと少しで開花か」
恐らくこのままいけば、週明けの月曜日辺りには満開に咲いた綺麗な桜を見れる事だろう。
微かに感じる春の匂い。間近に迫る桜の開花に対し、晴人は期待と高揚感を膨らませながら楽しみだと様々な角度から桜の蕾を写真を撮りつつ頬を緩ませた。
暫くして一通り桜の蕾を写真に収めた頃、ふと晴人は声を上げる。
「あ、そういえば冬木さんにお返ししないと」
気が緩んでいたのか、すっかり春の象徴である桜の開花に浮かれていた。手厚く看病してくれた冬木さんへのお礼として、晴人からお返しさせて欲しいと伝えた手前何もしないというわけにはいかない。
となると、晴人にとって頭を悩ませる問題が新たに浮上する。
「でも、お返しって何をすればいいんだ……?」
顎に手を当てながら考え込むように呟く。
お返し、といえばパッと思いつくのはプレゼントである。とはいえ晴人はこれまでの人生で母親以外に贈り物なんてした事が無いし、相手が異性ならばその選別の難易度は格段に跳ね上がるだろう。
ここは焦らずに慎重に進めていくべきだ。
試しにスマホで検索してみる。表示された検索結果流し見しつつサイトをクリックしてみると、やはりというべきか誕生日や記念日、結婚祝いや出産祝いなどそのときの状況に応じてプレゼントの種類も変わってくるようだ。
「一か八か渡に相談してみるか……?」
晴人は視線を宙に泳がせながら女好きな友人の姿を思い浮かべる。きっと彼女がいる渡ならば女の子が喜びそうな贈り物を知り尽くしているだろうし、口角を上げて揶揄いながらもなんやかんや晴人の相談にも乗ってくれるだろう。
だがその場合、適当なことを言う可能性を拭いきれないのも事実。
「母さんは……ダメだな。仕事で忙しいだろうし、流石に恥ずかしすぎる」
却下だ、とその光景を想像した晴人は静かに
女子に贈り物をしたい、と晴人が相談した途端に咲良から根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。アパレル会社の企画・管理部門のリーダーをしているだけあってか、ああ見えて頭の回転は速い。
たとえ名前を伏せたとしても、咲良は冬木さんが晴人の自宅にお見舞いに来た際に遭遇しているので、速攻でばれるのは確実だ。
仕事の関係もあってか流行を知り尽くしているので、相談する相手としてはきっと間違っていないのだろうが……母親という事もありどうしても羞恥心が勝る。
「うーん……ネットに載っている贈り物っていうのもなぁ」
参考にはなるが、相手が貰って嬉しいとは限らないし、何より気持ちが籠っていないようにも思える。
今回は晴人を看病してくれたお返し、つまりお礼なのだ。彼女に喜んで貰えなければお返しの意味が何も無い。
冬木さんが貰って嬉しい物。その答えを直ぐに導ければ良かったのだが、残念ながら晴人にはその経験値が圧倒的に足りなかった。
「……ふぅ、仕方ない」
いつの間にかもうそろそろ他の生徒が登校してくる時間である。うだうだ考えていてもしょうがないしな、と晴人は静かに息を吐くと、校舎へと足を向けたのだった。
「というわけで何かお返ししたいんだが……何が良いだろうか、冬木さん?」
「はぁ……」
思いつかないのならば本人に直接聞けば良い。そう思った晴人はしゃがんでいる冬木さんにそう訊ねるも、彼女は若干困ったような声音で小首を傾げる。
現在は放課後。日中校内で話し掛けることも考えたが、冬木さんに直接聞こうにも周囲に目立つし、何より彼女が嫌がるだろう。それだけはどうしても避けたい。
放課後普段通り裏庭の花壇にいれば、きっとこれまでの経験上冬木さんの方から来てくれるのではないかと微かな期待を込めて待っていたが、案の定来てくれたのでこのように晴人の目的を打ち明けたわけである。
勿論周囲には他の生徒はいないので、話し掛けても安心だ。
「あのね、あれは私がしたくて勝手にした事だから別にお返しなんて気にしなくても良いわ」
「いやいや、それじゃ男が廃るっつーか……。だいだい冬木さんもあのとき考えておくって言ってたじゃないか」
「確かにそうだけれど、それはただ成り行きで返事をしただけだもの」
「だとしても、何もしないじゃ俺の気が済まないんだよ」
「……困ったわね。急にそんなことを言われても、さっぱり考えていなかったわ」
冬木さんはしゃがんだまま考え込むように呟く。
晴人は必死に粘るのだが、どうやら冬木さんとしては特にお返しなどは求めていないようだ。
薄々この展開は予想出来ていたが、謙虚というか真面目というか。
別に物でなくとも、晴人としては彼女が求めるのならばお返しという名目で出来る限りの範疇で要望を叶えるつもりであるので、もう少し甘えてくれても良いのだが。
「本当に何でも良いんだぞ? これは風邪を引いた俺を看病してくれた冬木さんへのお礼なんだからさ。何か欲しい物とかしたい事とかないのか?」
「欲しい物……」
そう言って空中に視線を彷徨わせると、冬木さんはこちらをちらりと見る。晴人がその様子を見ている事に気が付いた彼女は、何故か頬を赤らめてそっと顔の向きを正面に戻した。そして静かに目を瞑る。
「ん、どうした?」
「いえ、気にしないで」
私のばか、と可愛らしく呟いた冬木さんに対し晴人は首を傾げる。不思議に思うも、すぐさま元の様子に戻った冬木さんはそのまま言葉を続けた。
「そうね、申し訳ないけれど特に思いつかないわ。……でも、強いて言うなら」
「強いて言うなら?」
「……風宮くんからの贈り物なら、どんな物でも嬉しいわ」
「そ、うか」
そう言って覗き込むように晴人を真っ直ぐ見ていた冬木さんは、その後顔を背ける。さらさらとした濡れ羽色の長髪が垂れて冬木さんの端正な顔が見えなくなるが、正直助かった。
(冬木さんときたら、どうしてよく平然とそんなことを言えるんだ……)
そういう、心臓に悪い発言はやめて欲しい。
先程は辛うじて返事出来たが、こうも距離が近いと心を掻き乱されるばかりである。
今すぐ頭を抱えたい晴人であったが、このまま無言が長引けば意識していると冬木さんに勘違いされるかもしれないだろう。下心を抱いているなんて邪推されたらお返しどころではないし、晴人の印象が急転直下するのは避けられない筈だ。
別に印象が変わるのは多少構わないが、お返しを受け取って貰えないのは困る。
そう思った晴人は、波立つ心を落ち着かせながら再び口を開いた。
「じゃあ、贈り物で決定な」
「えぇ」
「次は何が良いのかだが……俺が決めて良いんだな?」
「えぇ」
口数が少なく未だ顔を背けている冬木さんだが、そんな彼女を余所に晴人は顎に手を当てて考え込む。
贈り物、つまり形に残る物といっても、きっとそれは消耗品の方が良いのだろう。ネックレスやブレスレットなどを渡すには余りにも気取りすぎているし、そもそも付き合っているわけではないのだからもし渡したとしても喜ぶとは限らない。
ここは彼女が日常的に使うであろう、日用品に焦点を当てた方が良いようだ。
となれば……、
(......あぁ、あれが良いかもしれないな)
しゃがむ冬木さんを見て、とある物を思い浮かべる。あれならばきっと学校で身に着けていても邪魔にはならないだろうし、ある意味消耗品の部類に入る物なので贈り物的にも重いと感じることは無い筈である。
問題は豊富なデザインが存在するであろうそれを、彼女が気に入るかどうか。残念ながら冬木さんの好みがわからない以上、晴人にとって初めての女子への贈り物を一人で選ぶ勇気は持ち合わせていなかった。
晴人はとても言いにくそうに口を開く。
「……なぁ冬木さん」
「どうしたの、風宮くん?」
「もし、もしも迷惑でないのならさ、その……」
「?」
「明日の土曜日か日曜日―――俺と一緒に、出掛けないか?」
「…………ふぇっ?」
冬木さんがきょとんとした無表情のまま、そのように声を洩らしたのが印象的だった。
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次回はお出掛け編です!(/・ω・)/
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……因みにそろそろレビューが欲しいなー、なんて期待してみたり(チラチラ|ω・))
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