虚無

それを見た瞬間背筋にただならぬ冷汗を感じた

携帯を持つ手が、わからないほどに小刻みに震えていた 

そのDMは返信もできず暫くしたら消えてしまっていた

宛先不明で薄気味悪くて最初は考えない風にもしたが、

黙って待っていても記憶も何も自分には戻ってきやしなかった


その後はは不思議と頭がぼんやりしながら、隠れるように街を歩き続けた

まるで夢遊病者の様に切りも無く

頭の片隅で0な自分が存在していることに、失望と虚しい嘲笑と

どこかで歓喜していた

何故だろう 0になっている自分が心の何処かで怖いはずなのに

子供が玩具を買ってもらった様な、思春期の子供が大人の階段を上るような

自由を手に入れた気がした


でも、熱が徐々に冷める頃、ひどくさみしくなった憶えはある

まるで自分が悪魔にでもなったかの様な別人さに戸惑う

いや、記憶も何も無いのだ。過去の記憶も思い出せない。

自分が誰かなんて所詮自分ですらわからないのだから戸惑う意味ももはや無い事が恐ろしかった

過去も、名前も、記憶も、自分が誰かさえわからない

ただただ他人が怖かった


かろうじて助かったのは、一般教養や知識はあった事、そして驚いたのは

古くさい財布の中に金がぎっしりあったこと


薄汚れてはいたが小さな薄紅色の小さな小さな指輪と、顔の無い誰かの写真・・

その写真を見るのは何故か怖くて、薄紅色の指輪は見ていると不思議な気持ちに包まれた


最初の起きてからは暫く頭がパニクり、近くのコンビニにも行けなかったが

歩いている人たちを観察して、恐る恐る腹も減ったのでコンビニで買い物をした

そこで週刊誌に、携帯に移されていた事件が乗っていて詳しい噂の

内容を知ったのだった


警察に行くことも考えたのだが、その前に人に会うのが堪らなく怖くて

買い物もやっとだったし、

たとえ記憶を知る家族や友人に再会出来たとしても今の自分には

実感すら沸かないからこそ、警察に行くのも躊躇った。

自分を説明出来ない事になぜかむかむかしたんだ。

そして、警察署の前にいっただけでも酷くイライラした

・・それは何故なのか、今もわからない。



一息ついて、自分の姿を見た後に、錆び付いた酷く殺風景な廃屋を見渡す

今の自分はジャケットとチノパン、顔は・・う~ん幼く見えるなぁ

加えて寝ていないせいか、酷く顔色が悪い 


そこに殺風景な小屋なのだから余計に寂しさが募るのだから、やり切れない

なぜか夏だというのに部屋はうすら寒い 

なので、手持ち無沙汰にとりあえず携帯を見た・・

まだ充電は切れていないのだけど、もしかすると後数時間もすれば切れるかもしれないな

まぁ、何とか買っておいた乾電池式の充電器で暫くは代用できるだろうけど

問題はこれからだ


時間を見てみる

バグっているのか、ずっと同じ時刻で固まっている

今はまだ夕日が差す手前ちょい辺り・・じっとしてたいけど、何も手がかりがない以上

ここに立ちぼうけしてても始まらないか


仕方なく持っていたコンビニの袋を片手に、部屋を後にした


山道沿いをただあてもなく登り、歩く

だんだんと道が道じゃ無くなっているのは気のせいか?

うぅ・・どうやら気のせいじゃ無いらしい


戻ろうにも、かなり歩いた気もして、今更引き返そうにも手持ちの飲み水も尽きそうだし

足も痛い

どこかで休みたいのだが、足場も急になっていて、もはや引き返す事も出来ない

いっそ開けた場所まで出てから、行動を考えなきゃなと反省しかけた頃、

狭い道を掻い潜った先に道が開けた


―ここはどこなんだろう―

どうやってこんな道に出たんだろう

整然とした木々が並木道の様にはしっていて、薄汚れ壊れかけたレンガ模様で舗装された

道の上を、ゆっくり怖々と歩く


ふいに、蜜柑の香りが夏風に乗って漂ってきた気がして、妙にそれが懐かしくて

まるで夏が枯れるような、終わるような気にさせた。

僕はただ黙って立ち止まり、足下を見つめた。辺りを染め出した宵の闇に

目をしばたたせながら、あれ?もぅそんな時間だったのかと時計を見つめる


しまった・・。壊れてるんだっけ・・。

いいや、とりあえず歩こう

そうして自分は、ゆっくりと先へ歩いた。

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