第353話 番外編7 老剣士の意地と誇り

 明日、フィナたちがアグリスへ総攻撃を仕掛ける。

 その隙を窺い、ケントとミーニャがこっそりアグリスへ侵入し、バルドゥルを討つ。

 そこへ至るまでの間に、ケントの世界のフィナがバルドゥルの隙を生むための何らかの方策を立てる。

 という、大雑把な作戦

 

 普通あればこのような作戦は作戦とも言えないが、ケントが信頼しているのはあの実践派テイローのおさ・フィナ=ス=テイロー。

 幾たびの困難を乗り越えてきた知恵者。必ずや今回も、乗り越える方策を見出してくれる。

 そう、ケントは深く心に感じていた。



 だが、バルドゥルへ至るために立ちはだかるのは――レイア・オーキス・アステの三人。

 この三人を乗り越えるのは至難の業であろう。

 そこで彼はミーニャを頼る。


「申し訳ないがあなたを頼りとさせてもらう」

「にゃ~、仕方にゃいニャね。ま、今のミーニャは並みの魔法使い程度の力しか使えにゃいから介入したとして大した問題ではニャいけど。にゃけど、その分、頼りにもにゃらにゃいニャよ」


 そう言って、ミーニャは真っ白な猫耳をピンと立てて微笑む。

 彼女の紫色の瞳に浮かぶ光は、たしかな自信。

 力は制限されていようと、並みの魔法使いなどと称せぬ力が彼女には宿っている。


 ケントは薄く笑う。

「ふふ、頼もしいかぎりだ」



 こうして二人はアグリス近郊まで近づき、フィナたちの総攻撃を待つ。

 爆発音と怒声が響き渡る。

 それを合図に、予め用意されていたアグリスへの侵入ルートへ突入する。

 ルートは地下水路。水路を移動して、まずは調べ車しらべぐるまの塔を目指す。

 軟禁されているフィコンを救うために。

 

 これはフィナによる要請。

 ケントにとって最優先事項はバルドゥルを討つ事であり、フィコンの救出でない。

 しかし、これを受けたことには理由がある。



 調べ車しらべぐるまの塔には魔導による転送装置が存在する。

 それはアグリスの重要区画ともつながっている。

 現在、バルドゥルがいるアグリス城にもだ。


 この転送装置を使えば、一足飛びでバルドゥルの喉元へ刃を突き立てることが可能。


 つまり、そこへ向かうために必要且つ安全な侵入ルートの情報の見返りとして、フィコンの救出を頼まれたわけだ。

 


 彼は天井の低い薄暗い地下水路を少し屈み移動しながら言葉を漏らす。

「バルドゥル以外のことで口を出したくなかったが、そうはいかないか」

「そうニャね。物事はどっかに何かしらと繋がっているもんニャ」

「そうだな。ま、どのみち通り道。言い方は悪いが、ついでに救出という面もあるからな」



 ここで彼は一度言葉を止めて、ミーニャへ視線を振る。

「作戦は君と私だけ。てっきり見張りくらい付くと思ったのだが」

「にゃふふふ、信頼されてるのかもしれにゃいニャ」


 不敵な笑みを見せるミーニャ。 

 それにケントは首を横に振る。


「それはないだろう。いや、多少の期待はあるだろうが」

「おや、気づいているニャか」

「私も一応、一国を預かる者。これくらい気づくさ」


 ミーニャとケントは交互にフィナの思惑を語る。

「ミーニャたちは一定の信頼を得ている。少なくとも裏切ることはニャいと」

「この作戦を任せる程度にはな。だからといって、全面的な信頼はできない」


「にゃから、ミーニャたちだけに作戦を任せた。フィナたちの戦力は戦争に投じるだけで手一杯。余計な戦力は回せニャい。というのもあるニャ」

「それでも一人二人くらいは回せるだろうが、こんな危険な任務に使いたくはない」

「というわけで、ミーニャとケントだけニャね。仮に失敗しても、失うのは他の世界からやってきた連中のみ、というわけニャ」


「彼らは私たちを警戒しつつも親しみを見せていたが……こちらのフィナは冷酷だな、フフフ」

「ここで笑うニャか?」


「これは私の知るフィナでは絶対に行おうとしない作戦。とても冷酷。だが、多少の親近感と感動を覚える」

「ケントはこういった決断を常に迫られる立場にゃんニャね」

「そのとおりだ」


「にゃけど、感動の意味がわからにゃいニャ?」

「私の知るフィナは口悪くも優しすぎるから。領主としては……」

「にゃるほど。この世界のフィナを見て、他者の上に立ち、それを行える一面が存在したことに感動したニャか」


「ああ……残酷だが、フィナには領主としての才能が眠っているようだ。これはなるべく早く、彼女を領主の座から引きずりおろした方がよさそうだな」

「にゃ?」


「ふふ、残酷な彼女は見たくない。という、私の我儘だ」

「勝手ニャね」

「王とはそういうものだ。それでも、フィナが領主に留まる覚悟を示すならば止めはしないが……それについてはゆっくり考えるか。そろそろ目的地へ着く」



 ケントたちは天井が高く開けた地下水路の途中で立ち止まる。

 そこでケントは懐から、この世界のフィナから預かった転送石を取り出した。

 彼は天井を見上げる。

「この真上にアグリスの転送装置がある」

「ここまで近くに来れば、問題なくいけるニャね」


「ああ……その昔、アグリスでの騒動の際に彼女が転送装置を乗っ取った。と、言っていたが、ここでそれが役に立つとはな。この転送石を使えば、アグリスの転送装置をここから動かせる。行こう」



――調べ車しらべぐるまの塔


 転送石を起動――二人は塔内部へ侵入。

 そしてすぐに、全身を警戒に包むが……。


「誰もいないようだな」

「外ではフィナたちが激しい戦いを続けてるから、兵士が全部駆り出されてるのかもニャ」

「それでも最低限の警備はいるだろう。なるべく目立つことなく移動しよう。だが、その前にミーニャ」

「わかってるニャ。この転送装置の機構を調べるニャ…………たしかに、アグリスの城と繋がってるみたいだニャ」

「で、使えるのか?」

「もちろんニャ。フィコンとやらを救出後、ここへ戻ってきて向かうとするニャ」



 二人は狭く湾曲した通路を歩き、階段をいくつも昇り、フィコンが軟禁されているという部屋を目指す。


 その途中、何度か警備兵と遭遇したが、その都度、威力を自在に操れるケントの銃を使い、彼らを気絶させて、目立たぬ部屋に隠していった。




――フィコンの部屋前


 部屋の前――そこに立つエムト。

 彼は年老い、くすんだ赤が混じる白髪と白髭に覆われている。

 しかし、体躯は変わらず分厚き胸板と逞しき手足を持ち、そして老剣士には不似合いな大剣を所持していた。

 黒の重装鎧に身を包むエムトは無言でフィコンが軟禁されている部屋を守っている。


 その様子をこっそり窺っていたケントだが、エムトが廊下の奥へ言葉を向ける。

「ケントか?」

「っ?」


 ケントは驚きつつも彼の前に出る。

「さすがですね。年老いても戦士としての冴えは衰えず」

「フン、世辞は無用……お前は別世界のケントだな」

「え? そうか、フィコンの遠見とおみの黄金の瞳」

「そのとおりだ。フィコン様は今日という日を見つめていた」


 彼はそう答え、背後の扉を開ける。

「フィコン様を救い出してくれ。唯一の出入口である転送装置はアステの管理下。我々ではこの塔から出ることが叶わぬからな」



 ケントたちは部屋へ入る。

 部屋には基本となる家財道具にベッド。

 その部屋の中央で、フィコンは黄金の歯車模様の刺繍が施された純白のドレスに身を包み、こちらへ黄金の瞳を見せて微笑む。

 その笑みと背格好は、ケントの知るフィコンのものよりも遥かに大人であり妖艶。


「来たか……長かった」

「どれほど待ちました?」

「五年……このフィコンの瞳に今日という日が訪れるのが映ったのは五年前」

「そうですか。ですが、感慨にふける時間はありません。早速ですが――」

「わかっている。アグリス内にいるルヒネの信徒に呼びかけろと言うのだな」

「はい、内部からアグリスを攻めてもらいたい。これはフィナからの要請です」

「承知した」


 ケントとミーニャはフィコンとエムトを連れて部屋の外へ出た。

 するとそこに声が響く



「申し訳ありません。それをさせるわけにはまいりません」



 ケントがよく知る人物の声。

 彼は前を向く。


「オーキス……」


 年老い、生気を失ったオーキスが彼らの前に立ちはだかる。

 片手にはサーベル。

 彼は光がぼやけた瞳でケントを見つめる。



「これは、ケント様? ですが、お若い」

「私は別世界から来た。君ならこれで十分理解できるだろう」

「そうですか。ですが、何者であろうと旦那様の脅威となる者は排除しなければなりません」


 そう彼は唱え、ケントたちへサーベルを向ける。

 ケントは軽く眉を折り、言葉を返す。


「オーキス。君はもう、八十を超えているだろう。どうだ、ここで引退してみては?」

「フフ、私はアステ様にお仕えする身。この身朽ち果てようと引退などあり得ません」

「いや、引退するべきだ。君は引退するべきだった」

「え?」



 ケントは瞳に怒りを宿す。

 そして、静かに言葉へ怒りを伝播する。


「父が暴走した時点で、なぜ君は止めなかった? それだけの器量を持ち合わせていたはずだ」

「それは……」

あるじを諫められなくなった時点で、君は引退するべきだった」

「――っ! これは手厳しい。どうやら、別世界のケント様は私の知るケント様とは違うようで……ですが、時間は巻き戻せません!」



 彼はサーベルに殺気を伝わせて、構える。

 これに対して、エムトが大剣を抜き、前へ出る。


「ここは私に任せて、先に行け」

「エムト……わかった。だが、オーキスは手強いぞ」

「重々承知だ。出会ったばかりの頃、彼の剣気には畏敬の念を抱いたものだ。だが、信念を失った剣士など、私の敵ではない!」


 エムトは老人とは思えぬ、力強い言葉を発する。

 それを受けて、この場をエムトに預け、ケントたちは転送室へ向かう。


 

 残された二人の老剣士は語る。

「オーキスよ。年老いたな。私が畏敬の念を抱いた剣士の見る影もない」

「ふふ、今日は厄日ですね。二度も手痛い言葉をぶつけられました……あなたは年老いてもなお、剣士としての技量を上げている。ですがっ! 私にも意地は残されている!」

「枯れる間際の意地か……よかろう! ならばその意地! 我が誇りが斬り伏せてくれよう!!」

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