第354話 番外編8 手放された最良の世界

――転送装置


 ケント・ミーニャ・フィコンは転送装置が置かれている部屋まで戻ってきた。

 ミーニャが転送装置を操作して、まずはフィコンを送り出す。


「転送ポイントは教会でいいかニャ?」

「ああ、あそこには信徒が集まっておる。そこでこのフィコンが必ずや彼らを説得して見せよう」

「わかったニャ。んじゃ、いってらっしゃいニャ」


 フィコンが転送で送り出される。

 次にケントたちが転送台に乗る。


「次は私たちだ。バルドゥルがいる城へは直接行けるんだな?」

「それがシールドが邪魔をして、ちょっと面倒ニャねぇ~。仕方にゃい、ケントを利用するニャ」

「ん?」

「こっちのケントとあっちのケントを共鳴させてシールドを越えるニャ」

「つまり?」


「世界は違えど双方ともに同一人物ニャ。つまり、互いに共鳴する因子を宿しているニャ。それを一時的に繋げて、共鳴転送を行うニャ」

「なるほど、如何なるシールドをも突き抜けられる共鳴転送か。よし、頼んだ」


「任せろニャ。だけど、お前のフィナの方から全く連絡が来にゃいけど、大丈夫にゃのかニャ?」

「連絡はなくとも、こちらの状況くらいモニターしているはずだ。バルドゥルを前にする前に、何かしらの方策を立ててくるだろう」

「ケントはフィナをよく知ってるからそう言えるにゃろうが、ミーニャは不安でたまらにゃいニャねぇ~」


 ミーニャはそう愚痴をこぼしつつ、転送装置を起動させた。




――ケントの世界・中央制御室


 フィナは緑茶をお供にどら焼きをパクつきつつ、ケントが持つ青いナルフを通して状況を把握していた。

「もぐもぐ、餡子、最高……って、そろそろ佳境ね。何とか向こうの世界の干渉波は軽減できたけど、施設が停止寸前だったから兵器の準備がねぇ。それでも十分イケるけど。さて、どんな兵器を送ろうかな~。できれば、バルドゥルをビビらさせてちびらしちゃうくらいのを~」


 彼女は無数に浮かぶモニターを見つめる。

 すると、視界の端っこに浮かんでいたモニターから「ピッ」と小さな音が上がる。

「ん? 何?」

 そのモニターを覗き込む。


「これって、地球の抽象兵器アブストラクトウェポン? いや違う。似ているけど、もっと洗練されてる。こんな兵器の資料ってあったっけ? おっかしいな、遺跡の記録は全部読みこんだはずなんだけど……私の呟きに反応して、アルバートが隠れてた情報を引っ張ってきたとか?」


 不思議に思いながらもフィナは兵器に付随する情報を読み込み、驚きに声を跳ねた。

「――あっ、これって!」

 次に、ニヤリと口角を高く上げる。


「にひひ、これ面白いじゃん! それじゃあ、この資料を漁ってっと……んで、復元しつつバルドゥルの目をしっかり誤魔化して……これで再現可能かな? ま、少なくとも、バルドゥルはビビるはず。ではでは、準備を。くひひひひひ」


 何とも不気味な笑い声を上げつつ、フィナはバルドゥル攻略の準備を行う。




――アグリス城


 ミーニャとケントはバルドゥルがいると思われる城内へ突入する。


 転送の光から解放されたケントは、すぐ目の前に立つ存在に小さな叫び声をぶつけた。

「なっ! ま、まさか……私か?」



 ケントの前に立つ者――それは、この世界のケント。

 四十歳を超える彼は玉座の前に立ち、若きケントを見下ろして驚きの声を返す。


「な、何者だ!? 私? 一体、何が?」

 怯えを纏い、狼狽うろたえるケント王。

 彼の近くに立つ青いドレス姿の女性が震えるケントの肩をそっと抱く。


「ケント、落ち着いて」

 彼女は淡い緑の瞳をケント王へ向けて、赤と白の髪が混ざる長く艶かな水色の髪を揺らす。

 その姿を見て、ケントは呟いた。


「エクアか?」

「ええ、そうです。あなた方は一体?」


「私は別の世界のケントだ」

「え?」

「詳しい説明は面倒なのでテキトーに理解してくれ。それよりもバルドゥルの居場所を知りたい」

「バルドゥルの?」

「彼はどの世界に居ようと危険な存在だ。だから、私が消しに来た」



 このケントの言葉に、ケント王が喚くような声を出した。


「馬鹿な! あのバルドゥルを消すだと!? そんなことは不可能だ!!」

「君には不可能だったかもしれんが、私は二度、彼と対峙し、勝っている」

「そ、そんなことが……?」

「それで、バルドゥルはどこだ? さぁ、答えてもらおうか?」



 ケントは銃を引き抜き、突きつける。

 これにケント王は体を震わせる

 そのケント王の姿に、ケントは顔をしかめる。

(これが別世界の私の姿か……)



 王は身体の震えを言葉に混ぜて答えを返す。

「わ、私が話すとでも?」

「話す気がないなら探すさ。ミーニャ、とっととここから離れよう!」

「いいのかニャ?」


「正直、あそこまで情けない自分を見てられない。父アステにすがった私がここまでひどいとは……」

 ケントが父の名を出すと、これにケント王は反応を示す。


「バルドゥルの傍には父がいる! 貴様は父と敵対する気か!?」

「必要ならばそうする。いや、できるなら、父の暴走に終止符を打ちたい」

「なんだと?」


「ここは私とは無関係の世界。あまり深入りしたくないと思っているが、君を見ているとなんだか苛立ってくる。その原因が父ならば、止めたい」

「できるはずが――」

「君にはできない。だが、私にはできる」



 そう言葉を残して、玉座の間からケントは立ち去ろうとした。

 そこに、女性の声が響く。


「そうはさせない」


 ケントは声へ顔を向ける。

「レイア……それに、アイリ?」


 真っ白な騎士服を纏うレイア=タッツと、彼女にぴったり寄り添い怯えを見せる幼い姿のアイリそっくりな女の子がいた。

 

「なるほど、彼女が第二のアイリか」

「第二なんて言い方をするな! この子は私の大切な人なんだ!」


 レイアは幼い姿のアイリを庇うように立ち、腰元の剣を抜く。

 アイリはそれに怯え、涙を浮かべる。


「レイアおねえちゃん……」

「大丈夫だよ、アイリ。私が守ってあげるからね」




 二人の姿を見つめ、ケントは顔をくしゃりと歪ませる。そして、ゆっくりと頭を左右に振った。

 瞳をケント王へ向ける。

 彼はエクアに守られ、身体を震わせている。


 レイアへ向ける。

 恐怖に涙を流すアイリをあやしている。



 彼らの姿に――ケントは言葉をぜた!


「なんなんだ、この世界は!?」

 

 ここに居た皆がびくりと体を跳ねた。

 ケントは彼らを容赦なく責め立てる。



「レイア! 君はそんな情けない女性ではなかっただろう! フィナ以上に不遜で傲慢で、自信に満ち溢れていた! そして、その自信に見合うだけの実力と心を持っていた。なのに、なんてざまだ!」

「ふふ、随分と威勢がいいね。だが、他の世界の君に何がわかる? 私はこの子を守らなければならないんだ」


「守るだと?」

「そうさ。この子はバルドゥルやアステがいないと存在していられない。だから、私は――」


「それは守っているとは言わない!!」

「なっ!?」


「私の知るレイアならば、父を組み伏せ、バルドゥルをぶっ飛ばし、そして、アイリを救う! 君にはそれが可能だ!」

「君は何も知らない。二人の技術がないとアイリは生きることができないんだ」

「ならば、フィナを頼ればいいだろう!」


「彼女の技術をもってしてもアイリを救える保証がないんだ!」

「保証だと!? 君は保証などなくとも歩む道を変えるような女性ではない。最良の可能性を求めて歩む覚悟を持つ女性だ!」

「ああ、昔の私は傲慢だった。でもね、現実を知ったんだ。私にもできないことがある。だから、もう、君の知るレイア=タッツはいないのさ」

「なんと情けない言葉を……それがあのレイア=タッツの言葉か!」



 ケントは悔し気に言葉を漏らし、ケント王を支え続けるエクアを言葉で殴りつける。

「エクア! いつまでそんな情けない男の傍に居るつもりだ!」

「え?」


「君は誰よりも勇気ある少女だった! 勇気を知る少女だった! 君がケントを支えたいというならば優しさ不要だ! 君の優しさは間違っている!」

「な、何を言っているの?」

「彼に必要なものは優しさでない。勇気だ! 君は伴侶であるケントに勇気を伝えるべきなんだ。君の持つ勇気をケントへ渡し、奮い立たせるべきなんだ。何故、それをしなかった!!」



 ケントは僅かに潤む銀眼をケント王へぶつける。

「ケント=ハドリー。それとも今はケント=ゼ=アーガメイトか? どちらでも構わないが、君は今のままでいいのか?」

「貴様は何を……?」


「父にすがり、その影におびえ、エクアの後ろに隠れる。これがトーワへ訪れて得たものなのか? 違うだろう! 少なくとも君はエクアを救い、アグリスに勝ったのだろう! その時の自分を忘れたのか!?」

「そ、それは……」


「父が亡くとも、私たちは頑張っていた! たしかに政界に入るや否や左遷され、全てを失った。だが、このトーワで仲間を得て、私たちは変わったであろう! 自分の力で運命を切り開く力と勇気を手にしたではないか!」


「力と勇気…………」

「思い出せ、あの頃の私を! 父に頼らずとも、道を歩んでいた私を!」


 

 彼は悔しさといら立ちが入り混じる言葉を吐き続ける。


「この世界に訪れた当初、レイやアイリの存命を知って、嬉しかった。私が手にすることのできなかった世界がここにあると感じた! 百合さんやギウも生き残れたはずの世界。素晴らしい世界のはずだった! なのに、なぜそれを手放した!? ケント!!」



 ケントの悲しくも、熱き言葉。

 だが、レイアもエクアもケント王も言葉を返すことなく沈黙を纏う。

 ケントはやり切れない思いを声に表し、ミーニャへ顔を向けた。


「クソッ…………ミーニャ、すまない。つい、熱くなってしまった」

「構わないニャよ。いいものを見せてもらったニャ。久々にミーニャもちょっとだけ心が熱くなってしまったニャ。やっぱり若人の熱はいいもんニャね」


「フフ、冷静さを取り戻すと少々照れ臭いな。だが、見た目は君の方が若そうだが……年はいくつなんだ?」

「乙女に尋ねる質問じゃにゃいニャよ。デリカシーにゃいニャね」

「それは失礼。さぁ、バルドゥルを探すとしよう」



 前へ歩もうとした彼らの前に、レイアが立ちはだかる。


「行かせるわけにはいかない」

「どけ、レイア。君では私を止められない」


 ケントは剣を持つレイアをまっすぐ睨みつけ、近づいていく。

 対するレイアは剣を震わせるだけで、動くことができない。

 

 ケントはレイアを横切り、前へ前へ歩いていく。

 レイアは片膝を落とし、がくりと頭を下げた。

 彼女の傍では幼い姿のアイリが怯え、泣きわめき、縋りついている。



 ケントは後ろを振り返ることなく、歩く。

 すると、彼の背後から、とてもか細い声が届く。

 声の主は――ケント王。


「バルドゥルは城の最上階のバルコニーにいる。父と一緒にいるはずだ。そこで、戦いの指揮を執っている」

「……そうか」

「本当に貴様は父と戦うつもりなのか?」

「戦う相手はバルドゥルだが、必要ならば父を退ける」

「貴様は、いや君はどうやって、そこまでの心を……」


「君も知っているだろう。仲間たちが私たちに勇気をくれたことを……」


 そう、彼は言葉を残し、立ち去った。

 残されたケント王は、銀眼から涙を零す。


「私は、君と違い、彼らがくれた勇気を手放してしまった……」

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