第352話 番外編6 思わぬ嫁と失った信頼

「随分と簡素なやり取りね。大丈夫なの?」

「問題ない。彼女なら、何らかの方策を見出すだろう」

「そう……ふふ、信頼してるのね。それはもう、私とあなたの間にはないもの……」



 フィナは寂しく笑う。

 それはこちらのケントとの距離が取り戻せない位置を意味する笑い。

 ケントは少し躊躇いを見せたが、すぐに意識を変えて、ざっと周囲へ視線を振り、ここに姿のない仲間について尋ねる。



「ここにはエクアやゴリンやグーフィス。キサやオーキスやイラ。フィコンやエムトはいないようだが?」

「ゴリンはアルリナに戻り大工仕事を。イラは傍観。グーフィスはアルリナに住んでた未亡人と結婚。今はアルリナに住んで漁師をやってる」

「グーフィスが、未亡人と?」

「ええ」

「それはすごい話だ」


「キサはスコティと一緒にクライエン大陸のヴァンナスへ出張中。今回の総力戦の協力を取り付けに」

「ヴァンナスとも組んでいるのか?」


「アグリスは共通の敵だしね。ついでにクライエン大陸情報だけど、あっちにもアグリス軍が派兵されてて、ネオ陛下を中心にヴァンナス国が戦ってる」

「ネオ陛下もご存命なのか!? 色々とすごい世界だ。それで他のみんなは?」


「オーキスはアステの味方」

「そうなるか」

「フィコンはアグリスの調べ車しらべぐるまの塔に軟禁されてる。彼女はルヒネの象徴。下手に手を出せば、住民を敵に回す。だからアステもバルドゥルも手を出さす、飼い殺しにするつもり」


「なんとまぁ……言葉もないな」

「エムトはその彼女のお付き。彼女のそばから離れないとの一点張りで、アステもバルドゥルも諦めたみたいね」

「この時代だと、彼は七十過ぎのはず。彼の忠誠心は本物だな。で、エクアは?」



「あなたの嫁」

「はい?」

「エクアはあなたの正妻よ」


「え? 本当に本当か?」

「本当に本当」

「マジでマジか?」

「マジでマジ」


「そんなことが……こちらでは、エクアは私の娘みたいなもんだぞ」

「エクアは弱いあなたに寄り添って、その流れで……」

「何とも情けない話だ。そういえば、別の世界では後悔に包まれた私とフィナが一緒になっていたな」


「え? 本当に本当?」

「本当に本当だ」

「マジでマジ?」

「マジでマジだ」


「信じられない!」

「どうやら、情けない私になると君かエクアと結ばれるみたいだな。それにしても、エクアが私の正妻とは……待て、正妻? 他に妻がいるのか!?」

「ええ、側室がいるけど」

「だ、誰だ?」

「レイア=タッツ」


「冗談はやめろ!!」

 突然の咆哮!


 誰もが驚きケントへ瞳を寄せる。

 フィナは耳を押さえながら眉を顰めた。


「ちょっと、急に大声出さないで、心臓が止まるかと思ったじゃない」

「これを出さずいられるか! 何故、レイアが側室に!? 彼女は美少年美少女好きだろ! むしろアイリと一緒になるべきでは!?」



 アイリを指差すケント。

 そのアイリは……。


「やめてよ、そんな話! それに今は私も身長が伸びて十分大人なんだからね!」

「そうだったな、すまない」

「でも……クスッ、あなたはたしかに昔のお兄ちゃんみたいね」

 アイリは懐かしい雰囲気を醸し出す。

 しかし、ケントにはそれにひたる余裕はない。


「なぜ、こんな馬鹿げたことに……」

「色々と誤解が重なった結果よ」

「フィナ?」

「アステがヴァンナスを裏切った時点で、ヴァンナスはアイリやレイといった、理論派の勇者に疑いを向けた。それに怒ったレイアが離反。しかも、飛行艇ハルステッド付き」

「それならば、なおのことアイリと共に行動するべきでは?」


「ちょうどその時、誤報でアイリの死が伝わったの。傷心に暮れるレイア。そこにアステが接触。アイリを蘇らせる条件を提示して仲間に」

「それで?」


「生み出された第二のアイリにレイアは傾倒。その頃にアイリの生存が判明するんだけど、その時には相当レイアは取り込まれていた」

「今の流れだと、私の側室になる要素は……?」

「レイアを優秀と判断したバルドゥルがより強固に彼女を手元に置くために、あなたとの縁談を勧めた。その時にはエクアと結婚していたから、彼女は側室として」



 彼女の説明に、ケントは喉の奥底から呪いを吐き出す。

「ばるどぅるめぇぇえぇぇえぇぇ!! 絶対に許さん! こんな世界、絶対に認めんぞぉぉぉぉ!」

 彼は怒りにめまいを覚え、何をしたというわけでもないのに肩で息をする。

「はぁはぁはぁ、何故、レイアと私が!」

「そんなにレイアのこと嫌いなの?」

「嫌いというか苦手なんだ。天敵とも呼べる。少なくとも彼女と一緒に過ごして心休まるときはなかった!」


 

 これにレイが言葉を返す。

「ふふ、本当に昔の兄さんだな」

「レイ……」

「幼いころ、兄さんはレイアに誘拐されて着せ替え人形として遊ばれて以来、苦手だったからね」

「待て! それは一生、秘密しろと言ったはずだぞ、レイ!」


 レイの話に、皆が耳を惹く。

 親父が白髭の混じる顎をじょりっとなぞる。

「そいつぁ、面白そうな話だな。レイの旦那」

「ははは、今とは違い、幼いころの兄さんは可愛らしかったから女装までさせられんだよ」


「レイ! 怒るぞ!!」

「あはは、ごめんごめん。あなたを見ていると、つい……昔の兄さんを思い出して」



 しんみりとした雰囲気を漂わすレイ。しかし――

「いや、しんみりとして誤魔化そうとするな! はぁ~、危なかった。フィナと通信が切れていてよかった……」

 ケントの大きく息を吐く姿に、皆が皆、笑い声を上げる。一人を除いて。



「くだらない話はそこまでにしましょう。フィナ君、明日は大事な作戦の日。世界は違えど、敵であるケントを相手に心を許してはいけませんよ」


 声の主はカイン。

 彼はケントへ憎しみの籠る瞳を見せる。

「裏切者め。たとえ、お前が違うケントであろうとも、僕は許せない!」


 そう言葉を残して、彼はこの場を去った。

 ケントはフィナへ問い掛ける。


「私と君たちの仲は壊れてしまったようだが、その中でもカインとの溝は深いようだな」

「ええ、彼はアステに二人の姪の命を奪われている。アステはそれを露ほどにも気にしていない。ケントも父に右に倣えと、仕方のない犠牲だったと彼に言い放った」

「……そうか、そこまで私は変わってしまったのか。もはや、冗談を言い合える関係ではないということだな」



 場の空気が一気に冷めていく。

 しかし、その空気が再び熱を持つまで、時は止まってくれない。

 フィナは軽く頭を振って、意識を変える。

 そして決意を秘めた表情でこう言葉を発する。


「たしかに馬鹿をやっている状況じゃない。明日には総攻撃を開始する。だけど、その内容の一部を変更しましょう。ケントがバルドゥルを狙う。そのためには、ケント、ミーニャ。あなたたちにはアグリスへ侵入してもらう!」

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