第348話 番外編2 ひざまずく猫たち

 ケントへ名を渡した少女――ニャントワンキルの魔女王ミーニャ。

 ケントは彼女の姿を銀眼に取り込む。


 ラピスラズリのような紫の瞳を持つ愛くるしい十四歳前後の少女。

 宝石の装飾品が散りばめられた赤色の魔導服を纏い、頭には羽毛の飾りがついた大きめの黒のチロリアンハットを着用。そこからは煌めく白の長い髪が流れ落ちている。

 少女が纏う服装の雰囲気は錬金術士を彷彿とさせる。

 

 また、見た目は人であるが、お尻からはふさふさの真っ白な尻尾が見えて、帽子には専用の穴があり、そこから猫のようなふわふわのお耳が飛び出していた。



「あなたは、一体? いや、何から尋ねればよいのか? ニャントワンキル? そう言えば、キャビットの先祖がそのような名前だったような……」

「ま、混乱するニャね。とりあえず、お互い情報交換するニャ」




――ニャントワンキルの魔女王ミーニャ


 かつて、ニャントワンキルの世界に危機が訪れ、魔女王はニャントワンキルの一族を他の世界へ逃がした。

 時が経ち、危機を乗り越えた魔女王ミーニャは宇宙中、数多の世界に広がったニャントワンキルの末裔を故郷へ戻すべく旅をしている。

 


 ケントが彼女へ問い掛ける。

「では、キャビット族を迎えにあなたは?」

「そうニャ。にゃけど、こちらの扉に強固な鍵がかかってて、しかも一度開けようとしたら開けるしかない機構で、仕方なく無理を通すことにしたニャ」


「それであなたの力と転送装置の力がぶつかり合い、ここへ?」

「そう言うことニャ。おそらくはここはケントの世界からズレた場所ニャね。いわゆる、並行世界というやつニャね」

「並行世界か。妙に縁があるな。幾つか疑問があるのだが尋ねても?」



「構わないニャ」

「世界移動や時間移動は私のようにナノマシンの補助がないと不可能のはず。だけどあなたは?」

「ミーニャは空間を統べる魔女王ニャよ。この程度、猫の手を借りるまでもないくらい簡単ニャ」


「そ、そうですか。あと、失礼だが……見た目がキャビット族とかなり違いますが」

「そのキャビット族とやらは、どんな姿をしてるのかニャ?」

「えっと、猫そのもの。あ、失礼」

「にゃ?」


「いや、あなた方を猫呼ばわりするのは非礼だった。申し訳ない」

「へ~、そうにゃのかニャ? ミーニャは気にしにゃいけどニャ」

「そうなんですか?」


「にゃ~、こちらのニャントワンキルの末裔は猫と自分たちを切り分けているようニャね。皆、同胞であり、危機に備えた仲間にゃのにニャ」

「危機?」



 ケントは疑問に言葉を跳ねる。

 それにミーニャは答える。


「ニャントワンキル族を襲った危機に対して、数多の猫たちは備えているニャ。猫たちは体内に膨大な魔力を蓄え、再び危機が訪れた時、共に戦うためにニャ」

「はぁ、猫たちが? 正直、ピンときませんが……」

「遠い遠い昔話ニャ。その危機も完全になくなり、備える必要もなくなったニャ。にゃからミーニャが迎えに来たのニャ」

「なるほど」


「代わりに別の問題が生じているけどニャ」

「はぁ?」


「こっちな話ニャ。あとは姿についてかニャ。元々ミーニャたちは人の姿に近しかったニャ。時が経つにつれて獣の特性が濃くなり、猫に近しい姿になったのニャ。ミーニャは先祖返りに当たるニャね」

「そうですか。何とも不可思議な種族のようで」

「人間族は、獣から人の姿へということが多いからニャ。ケントはちょっと違うみたいだけどニャ」



 彼女はそう言って、煌めくラピスラズリの瞳でケントの真実を見つめた。

 彼は軽く頬を掻いて言葉を返す。


「どうやら、私がどんな人物がお分かりのようで」

人工生命体ホムンクルス。ミーニャの知り合いにもいるニャ」

「え!? そうなんですか? 私とは違う人工生命体ホムンクルス……お会いしたいものです」

「会える機会があるといいニャね。さて、ケントを元の世界へ送り返したいところにゃが……」

「何か、問題でも?」



 ミーニャは空見上げてから、視線をケントへ降ろす。

「ここはかなり特殊な世界のようニャね。空間の干渉波で雁字搦がんじがらめになっていて、ミーニャの術が行使しにくいニャ。それどころか力が封じられて、思うように力が行使できにゃいニャ」

「その理由は?」


「にゃ~……何かの力から何かを守るために空間の障壁を張っている? よくわかんにゃいけど、その障壁を乗り越えてここへ来れたのはミーニャの空間の力のおかげニャね。そうじゃにゃかったら死んでるニャ」

「そ、そうだったのですか? 助かりました」

「いやいや、この事態を引き起こしたのもミーニャだしニャ。お礼は筋違いニャ」

「それでも――ん?」


 

 突如、周囲の空間が揺らぎ、数十人の戦士とキャビット族の戦士たちが現れた。

 その中の一人――小柄な戦士がこう言葉に出す。

「おいおい、空間に変動が起きたから様子を見に来てみたら、まさかのケント様かよ。どうやら、とんでもねぇ当たりを引いたようだぜ!」



 ケントとミーニャの前に現れた小柄な戦士。

 しかし、ケントの知る小柄な戦士と比べると、顔に皺が刻まれ、頭には白髪が混ざっていた。 

 彼の姿を見て、ケントは呟く。


「相当、未来のようだな。ここは」

「は、何言ってんだてめぇ? ビビってんのか? 殺すぞ」

「しかも、敵対していると。何があったのやら」

「だから、てめぇはさっきから」


 ここで別の戦士が言葉を挟む。

「兄貴、このケント変じゃない? 若いし」

「いい加減、兄貴呼びは止めろって! 名前で呼べ名前で」

「だって、兄貴は兄貴だし。それよりも、ケントだよ」

「ああ、そうだったな。たしかにわけぇ~が……あれだろ、若返ったんじゃねぇの。それくらいできるだろ」

「かもしれないけど、雰囲気が初めてあった頃の……いや、俺っちたちが知ってるケントよりも貫禄があるような」


 彼らの疑問にケントが答える。

「そちらの事情はわからないが、こちらの事情を先に渡すとしよう。私たちは別の世界からやってきたケントだ」


「べつのせかい~?」

「そんなこと言われても……」



「まぁ、そうだろうな。さ~て、説明がややこしいな」


 と、彼が腕を組み、頭を斜めに傾けたところで聞き覚えのある声が響いた。

「いつまでごちゃごちゃやってんのニャ。二人が手柄を立てたいと言うから譲ったんにゃから、さっさと済ますニャよ」

 戦士たちの体を押しのけて、背中はこげ茶、お腹は真っ白もふもふなマフィンが姿を現した。


 彼はやや釣り目の蒼い瞳に殺気を込めてケントを射抜く。



「どこの誰であろうとケントはケントニャ。とりあえず、縄でふん縛ってしまえばいいニャ!」

「はぁ、マフィンとも敵対しているのか。しかも傭兵たちと組んでいるとは……わけのわからない世界だ」

「下らねぇ問答は終わりニャ。お前ら」


 マフィンの指示に応え、魔力の宿る縄を手にした戦士が前に出てきた。

 すると、ミーニャが彼らの前に立ち、マフィンへ優しく微笑む。



「ニャントワンキルの末裔ともあろう者が、ミーニャの存在に気づかにゃいとはにゃんとも悲しいニャ」

「なんニャ? この猫の獣人っ子」

「にゃふふ」


 ミーニャはラピスラズリの瞳をマフィンの蒼い瞳にぶつけた。

 すると彼は――



「んニャ!? この力は!! まさか! いや、そんにゃはず!!」

「名乗らなければ納得しにゃいかニャ。ミーニャはニャントワンキルの魔女王。猫と空間を統べし者ニャ!」

「こ、この空間の力はたしかに我らがご先祖ニャントワンキルの!! ははぁ~!!」


 マフィンはミーニャの前にひざまずく。戦士たちに混じっていたキャビット族も彼に続いて両膝を地に着けてこうべを垂れた。

 状況について行けない小柄な戦士が無骨そうな戦士に問いかける。



「なに? どゆこと?」

「さぁ~?」

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