第320話 魔術師ジクマ

 四十人のシエラ・現行勇者に並ぶ十人のシエラ。そして、魔術師としてのジクマ閣下。

 彼らを相手にするのは、私、ケント=ハドリーに続く、ギウ、エクア、親父、フィナ、カイン、マスティフ、マフィンの八人!



 敵はこちらに構えの猶予を与えず、一斉に襲い掛かってきた。

 エクアはフィナとマフィンの魔力の助けを借りて絵筆を振るい、私たちを大きく覆うドーム型の結界を張って敵の猛攻を一時凌ぐが、前方から凄まじい魔力の高まりを感じる。


 高まりの正体はジクマ閣下。

 彼は光の魔法を収束させて、こちらへ放った!


「クラテス!」


 一閃――――光の線が私たちに向かう。

 それをフィナとマフィンが結界の前に立ち、迎え撃つ。


「マフィンさん!」

「わかってるニャ!」


 二人は光を前にして、楔のような形をした魔力を生み、光の線を真っ二つに割る。

 二つに割られた光は地面をケーキのように切り分けていった。

 何とか防ぐことができたが、休まる暇はない。

 閣下はさらに魔法を生む。その数――五つ!?



 炎の力、風の力、雷の力、水の力、土の力と五つの魔法が浮かぶ。

 この魔法に二人は驚きの声を飛ばした。



「五つって!」

「大魔導師リウマ=トレックスでさえ、五つの魔法を操ろうとして正気の失ったというのにニャ!」


「フン、若い頃ならば七つは行けたのだがな。年は取りたくないものだ!」


 

 五つの魔法がフィナたちへ襲い掛かる。

 二人は魔法を相殺すべく、フィナは錬金の道具を投げつけ、マフィンは三つの魔法をぶつける。


 ぶつかった力たちは私たちの心臓の音を止めかねない、激しい爆発音を周囲へ広げた。

 これだけの衝撃音がぶつかり合う中でも、閣下の声は良く通る。


「フフフ、少々、驚かせてしまったようだ」

「たしかにね。ちょっと驚いた」

「そうニャね、ちょっとだけニャ」


「なんだと?」


「だってこっちはね、」

「すでに五百以上の魔法を生む化け物とやり合った後だからニャ!」


「五百? そうか、古代人のことか。それほどまでに恐ろしい存在だったわけか。よくぞ、貴様たちで勝てたものだ。たかだが、私の魔法を防いだ程度で油断する貴様らがな!」



 閣下はフィナとマフィンの後ろに視線を飛ばす。

 クラテスと五つの魔法の衝撃で、私たちを大きく覆っていた結界上部に綻びが生まれていた。

 その綻びを狙って、シエラたちが飛び込んでくる。


「みんな、ぶっ殺~す! って、あれ?」


 綻びに入り込もうとしたシエラたちが空中でピタリと止まってしまった。

 彼女たちは必死にもがきながら、自身を拘束する小さな光を見た。


「これって……蜘蛛の糸?」

「その通りです!」


 声の主はエクア。

 彼女は魔法の絵筆を見せつけ、こう言葉を続ける。


「結界の綻びに飛び込んでくると予測して、この絵筆で蜘蛛の糸を描きました。その糸は私の思いの力を反映する。私の思いは、あなたたちなんかでは絶対にほどけることのできない力です!」

「この、生意気なっ」



 シエラたちの悔しげな声に、親父・マスティフ・カインが答える。

「悪いが嬢ちゃんら、実を伴う言葉は生意気なんかじゃねぇぜ」

「うむ、そうだな」

「ふふ、そうですね」



 親父とマスティフが蜘蛛の糸に絡みついたシエラたちに強襲を仕掛けて、カインもまた銃を撃つ。

 これにより、うかつに飛び込もうとしたシエラたちは蜘蛛の糸の餌食となった。


 

 まさかの惨状に、閣下は一瞬眉を顰めたが、すぐに戻し、笑う――


「フ、フフ、道具の力に頼っているだけかと思えば、なかなかどうして。だが、白線には勝てまい!」


 閣下の声が弾ける! 同時に親父の頭上に影が落ちる。

「親父!」

 私が声を飛ばすと、彼は二刀の剣をクロスさせて影の剣撃を防いだ。


「ぐっ!」

「へぇ~、やるねぇ。で・も、親父じゃ私に勝てないよ~ん! てぇい!」

「がはっ!」


 一人のシエラの剣撃によって親父は地面に叩きつけられ、その衝撃は綻んでいた結界に悲鳴を与え消し飛ばした。

 すぐさま、マスティフが親父の前に躍り出てシエラの攻撃を止めようとするが――



「親父殿!」

「ちょっと、邪魔よ、ワンワン」


 別の白線持ちシエラがマスティフの前に立って残像を残す左右袈裟斬りを見せる。だが、マスティフはそれを躱して正拳を彼女の腹部に放つ。


「憤怒っ!」

「おっと、甘い甘い!」

 シエラは拳を躱し、カウンターに彼のこめかみに蹴りを放った。

 その衝撃に巨体を揺らすマスティフ。


「ぐっ、おのれっ!」

「フフフ。さぁ、楽しもうよ!」


 肩パットに二本の白線を入れた二人のシエラと、プロトタイプと呼ばれる十を超えるシエラたちがマスティフへ微笑む。



 ギウもまた、別のシエラたちを相手に奮闘していた。


「ギウギウ!」

「すっご~い、こっちのお魚さん。白線の私たち五人相手に渡り合ってる。でも、最後に勝ってるのは私たちだもんね」


 白線入りのシエラ五人相手に、ギウはよく戦っていた。

 彼は彼女たちの連携を崩し、生まれた隙を狙い、打撃を放つ。


 それにはたまらず彼女たちも体勢を崩すが、すぐにプロトタイプのシエラが間に入り、ギウの追撃の手をやめさせる。

 実力はギウが上回っていても、数で押し込まれている。



 フィナとマフィンは閣下を中心としたシエラの相手でこちらに余力は裂けない。

 私はエクアを手元に置き、銃を発砲し続ける。

 だが、白線入りのシエラは不可視不可避である弾丸を躱していく。


「あはは~、異空間を通ってくる弾丸でも着弾の瞬間には現世界に現れるからよけるのは簡単よ」

「くそ、これは困ったぞ。彼女たちを放置するわけにはいかないが、仕方ない。意地の張り合いおしまいだ。フィナ! 転送は行けそうか!?」

「一応、戦いながらナルフを操作してんだけど、王都の結界が強力すぎて厳しい!」

「ならば、王都内のどこかにてんそ、エクア!?」



 一人のシエラが、魔法の絵筆から獅子や熊を産み出していたエクアに剣を構え向かってきた。

 すぐさま彼女の手を引き私の後ろへ回して銃を発砲するが――相手は白線入り!

 剣で銃弾を弾き、こちらへ突進してくる。


「あはは~、だから、そんな銃、私たちには通じないって!」

「ならばっ。銀眼よ! セア、力を!」

「え? がっ!?」


 私の銀眼が発動し、セアたちの世界と繋がる。

 赤黒い光に覆われた銀眼から力が拳に伝わり、シエラを殴り飛ばした。

 シエラは数度地面を跳ねるが、何事もなかったように立ち上がる。


 私はすぐに力を収めて、二本の指で目頭を押さえる。

 その姿にエクアが心配そうに声を上げた。


「ケント様っ!?」

「だ、大丈夫だ。遺跡が復活し、彼女とのリンクも復活したからできるだろうと思っていたが、やはり長時間は無理だな。それでも、かなりの力だったはずなんだが」


 殴りつけたシエラは顔を怒りに捻じ曲げて咆哮する。

「こいつぅぅぅぅ! ちょ~う、ムカつく~! 弱っちい癖に私を殴るなんて! お返しに顔をぐちゃぐちゃにしてやる!」

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