第319話 VS二十の勇者

 私は銃を抜く――ギウは銛を構える――エクアは魔法の絵筆を手に取る――親父は腰より二本の剣を引き抜く――カインは銃を突きつける――フィナは穂先に黄金石のついた鞭を取り、黒薔薇のナルフを浮かべる――マスティフはガントレットを見せつけ構えを取る――マフィンは魔力を鈴に集めて艶やかな毛を光に包む――。



 私たちの輝きに、ネオ陛下は楽し気な声を上げた。

「これは驚いたねぇ。一人一人が勇者並みの脅威。手に持つ武具のおかげか。おそらくは古代人共の力……相手にとって不足なし! ジクマ、丁度良い試運転だ」

「はっ。シエラたちよ、敵を殲滅せよ!」

「わかったよ~ん。じゃあ、っちゃうねぇ」



 二十を超える勇者シエラが一斉に襲い掛かってきた。

 その全てが無数の魔族から町を救える存在。

 サレートが生み出した化け物など比ではないだろう。




――だがっ!


 カインは思いを込めて銃の引き金を引く。

 銃口より氷弾が放たれ、一人のシエラの胸を射抜く。


「キャッ! こんにゃろう!」


 だが、射抜かれた胸の傷よりも強再生の力が上回り、瞬く間に閉じられる。

 足を止めることなく突貫して来るシエラ。

 その前に、立ちはだかるエクア!



「これならどうですか!」

 彼女が魔法の絵筆を振るうと、絵の具は七色の光跡を見せて七種の鎖を生んだ。

 鎖は蛇のようにシエラへ襲い掛かり彼女を束縛する。


「この、こんなの、簡単に!」

「そいつはさせねぇぜ」


 束縛されたシエラの懐へ風よりも早く潜り込んだ親父が、二刀の剣に強力な雷撃を纏い彼女の体を穿つ!


 

「うがっ」

 

 短い叫び声を上げて、束縛されたシエラは頭をがくりと下げる。

 エクアが拘束を解く。

 すると、熱を失ったシエラは地面に倒れた。


 その様子を見た他のシエラたちが気怠そうに声を上げる。

「うっわ、マジで? 私、負けてるじゃん」

「結構強い系っぽいし、ボコボコだね」

「ぼっこぼこ~、ぼっこぼこ~」


 三人のシエラが同時に親父へ襲い掛かる――親父は二つの刃を巧みに交わし、三つ目の刃と鍔迫り合いを行う。

 親父の刃は、ソードブレイカーと言われる峰の凹凸おうとつに捉えられていた。



「クッ、見た目は嬢ちゃんだってのになんて力だ」

「親父こそ何なの? 私たちの力に対抗できるなんて? しっかも、剣が丈夫すぎて折れないし」

「ったく、誰も彼も俺を親父呼びしやがって! 俺にはオゼックスっていう名前があんだよ!」


 彼の叫びに、フィナとマスティフが別のシエラたちを相手にしながら言葉を掛け合う。

「もしかして、親父呼びって嫌だったの? ってか、テプレノじゃないの?」

「これはこれは申し訳ないことしてしまったのぉ。さてさて、今後はどっちの名で呼べばいいのか」


 しかし、親父は。


「別に気にしちゃいないぜ。ただ、たまには名前で呼ばれてぇだけさ。オゼックスと呼んでくれるのはゴリンだけだしな。おっと、シエラの嬢ちゃん。足元ヤバいぜ」

「え?」


 シエラが視線を下げる。

 その隙をついて親父が頭突きを顔面にかました。


「おらぁ!」

「いったっ! 何よ!?」

「へへ、どうやら嬢ちゃんらは強いみてぇだが、経験がいまいちのようだな」

「この~、騙したぁ! もう、許さない! 本気で殺してやる!! みんなみんな、ぶっ殺してやるんだから!!」

「そいつはぁ、無理な相談だ。俺相手に手こずっているようじゃ、あの四人には勝てないぜ」



 親父はフィナ、マフィン、マスティフ、ギウに視線を振った。



 フィナは試験管型属性爆弾を花吹雪く様に散らし、穂先に黄金石が付いた鞭を舞うように振り回す。

 マフィンは三つの魔法を操り、氷撃で敵の足を止め、雷撃で敵を穿ち、風刃で敵を切り裂いていく。

 マスティフは拳に莫大な魔力を宿し、これを敵にぶつけ、強再生も叶わぬほど吹き飛ばす。

 ギウは不可思議な銛を操り、敵の猛攻などそよ風の如く躱し、全てを塵に帰していく。


 勇者と呼ばれるシエラたちは彼らの前に、まともな戦いを演じることもできぬまま世界から去っていく。

 シエラの一人が苛立ちを交え声を飛ばす。



「な、なんなのよっ、こいつら? 私たちは勇者なのに! お前たちは悪者のくせに!」



 二十も居た勇者シエラはあっという間に数人を残す程度になってしまった。

 その数人も、私の銃によって消え去る。


「できれば、洗脳を解いてやりたかったがそこまでの余裕はない。だが、君たちにナノマシンが宿っている限り、テラあちらで会えるかもしれん。その時に埋め合わせをしよう」


 私は引き金を引く。

 銃弾は不可視にして不可避――乾いた音の響きと同時にシエラを穿ち、肉体が塵へと消える。


 私たちは瞬く間に勇者の力を宿した一団を平らげてしまった。

 これに少しは陛下や閣下が動じるかと思いきや……。



「いや~、凄いねぇ。彼女らだけでも百・二百の魔族相手に同等以上の戦いができるってのに」

「ふむ、遺跡の知識を借りているとしても、素晴らしい……だが、これ以上の被害を増やすわけにはいかぬな」

「そうだね、ということで――すんませ~ん、四十人前追加で~」



 ネオ陛下が森に向かって場の雰囲気に合わぬ声で呼びかけると、さらに四十人のシエラが追加された。



 私はその光景に嘆息を生む。

「あの人はこんな状況でも……とはいえ、無尽蔵に増やされるのは疲れるな。フィナ、あと何人くらいいると思う?」

「さてね。偽造データで百とするなら、最低でも、その倍はいると思う。陛下の性格上、次は八十人前追加~って言いそうだしね。それくらいの人数は確保しているでしょ」


 とフィナが声を上げると、陛下はわざとらしくたじろぐ様子を見せた。

「ぎくぎくっ! いや~、さすがはファロムの跡継ぎ。胸の大きさは伊達じゃないね~」

「胸の大きさが何の関係があんの!? このド変態王。個人的な理由でボコボコにしてやる!」

「揉ませてよ」

「殺す!」


 陛下とフィナのやり取りを見て、ジクマ閣下がシエラに指示を与える。

「シエラ、陛下の口を」

「は~い」


 黒い手袋着用したシエラが陛下の後ろに回り、彼の口を押さえた。


「ふががっが、ふがっががががが! が? がががが!?」

「フフ、手袋には苦~い汁を塗ってるから、ぺろぺろしたら大変だよ~」



 悶え苦しむ陛下に閣下は白けた目を投げて、次にこちらへ視線を移す。


「すまぬな、ケント。命のやり取りの場に不似合いな醜態を晒してしまい」

「どんな場でも陛下は陛下のようで……」

「ふふ、そうだな。だが、これより先は冗談など交えるつもりはない。最後に尋ねる。降伏は?」


「するつもりなら、初めから抵抗しませんよ」

「ふふふ、そうであろうな……アステ=ゼ=アーガメイトの忘れ形見、ケント=ハドリーよ。私自ら貴様をほふってやろう。これをせめてもの温情と受け取るがいい」

「ひっどい、温情ですね」 

「フッ、政界にいた頃の棘が取れて、柔軟になったようだ。それ故に、残念だ。ケント=ハドリー」



 私の名を最後に言葉を収め、ジクマ閣下の身体から黄金の光を溢れ出す。

 それは頂へ届く神々しき魔力の煌めき。

 この魔力にマフィンが言葉を震わせる。



「にゃ、にゃんて、魔力に魔法量ニャ。鈴の力で増幅してる俺の力よりも上ニャンて」

「ジクマ閣下は元・宮廷魔術士のおさですから。とはいえ、魔術師としての彼を見るのは私も初めて。これほどとは……」


 閣下の魔力はたけり昇り、天をも焦がす。

 さらに彼は、指先を振るい、更なる力を呼び寄せる。


「シエラ白線、来い」


 そう彼が唱えると、四十のシエラの他に、さらに十人のシエラが現れた。

 彼女たちの姿形は他のシエラと同じだが、肩のパットに二本の白いラインが入っている。

 閣下は彼女たちのことを語る。



「シエラの中でも、特別な力を宿した者たちだ。プロトタイプと違い、この者らは現行勇者と引けを取らぬ力を宿す。四十のプロトタイプと十人の勇者と私を相手に、押し通せるかっ、貴様の意思をっ! ケントよ!!」


「押し通す!!」


 私は間髪入れずに言葉を返した。

 これに仲間たちは笑みを浮かべ、なぜか閣下もまた笑みを返す。


「フフ、よかろう。愚直な意地の張り合い。懐かしき日々を思い出す。今から始めるは、正しさの証明ではない! さぁっ、互い見せつけようか! どちらの意思がより強いかを!!」

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