第321話 王家の力
私に殴り飛ばされたシエラは大した傷もなく子どもの如き癇癪を見せて地団駄を踏み続けている。
その足踏みが終えると、私へ向かってくるだろう。
「なんという少女だ。セアたちの力を借りたというのに、これほど丈夫だとは」
この言葉にフィナが王都中に響き渡る大声を返した。
「チッ、ムカつくけど白線持ちは全員アイリ級! 何とか、逃げ出さないと!」
「フッ、逃げられると思っているのか?」
ジクマ閣下はナルフを操作しようとしたフィナヘ無数の魔法弾を飛ばして彼女の行動を束縛する。
「この、鬱陶しいジジイめ。あったまきた! マフィンさん、あの魔法やるよ!」
「核融合ニャか? ここはバルドゥルの産み出した異空間じゃにゃいから、王都に被害が出るニャよ」
「ああ~、そうだった! もう! それじゃっ、ケント、エクア、カイン。あんたたちはいったん施設内に逃げ込んで!」
「わかった! 逃げ切れればだが……」
私はエクアの手を握って施設へ向かい、カインもまた施設に向かって走り出した。
しかし、私たちの足の速度を遥かに上回る速さで、白線入りのシエラ
私はここで、覚悟を決める。
「エクア、カイン、先に行ってくれ。ここは私が食い止める」
「ケント様!?」
「食い止めるって、どうやってですか?」
私は銀眼を指差した。
「今一度セアたちの力を借りる。以前とは違い、短時間なら大丈夫だと思う」
「そんな、危険です! ケント様!」
「ケントさん、それはいけません!」
「問答を行っている暇はない、二人とも行け!」
私はシエラたちを迎え撃つべく、銀眼に思いを籠めようとした。
そこに、とても聞き慣れた声が耳に届く。
「無茶は行けないよ、兄さん」
「え?」
戦場に不似合いな爽やかな風が私の頬を撫でる。
藍の鎧を纏い、紅蓮の外套をたなびかせる青年が大きな両刃剣を片手に持ち、それをシエラたちへ振るった。
ただ、それだけで、白線入りのシエラもろとも十名以上のシエラが消し飛んだ。
彼は青みがかった黒の髪をさらりと振るい、オニキス色の瞳をこちらへ向ける。
「やぁ、兄さん。トーワ以来だ」
「レイ? 何故、レイがここに?」
「イラさんから、兄さんが近々王都で窮地に陥るって聞いたからさ」
「近々窮地に陥るって、まるで先を見通しているみたいな言い方だが、彼女は?」
「さぁ、何者かはわからないし、何を考えているのかもわからないし、今どこにいるかもわからない。だけど、彼女なりに兄さんを手助けしたいという思いは伝わってきたよ」
「何が何だかわからんが、ここで君の手助けはありがたい。しかし、よくこの場所がわかったな。結界もあるだろうに」
「結界は強力だったけど、なんとか一部を破壊してね。場所は戦いの気配は感じ取って。それに、フィナさんの声が聞こえたから」
そう言って、彼はフィナヘ顔を向ける。
向けられたフィナは……。
「私の声?」
「ムカつくけど白線持ちは全員アイリ級! という声が。だけど、それはアイリに対して失礼だと思うな。この子たちは、到底アイリに及ばない……」
彼は一振りで物言わぬ肉塊と化したシエラを乗り越えて、ネオ陛下とジクマ閣下を睨みつける。
「何かを企んでいると思っていましたが、まさかこのようなことを」
「いや~、レイ。見られちゃったか~」
「フンッ、我らが理由を口にせずともわかるだろう、レイ」
「ええ、あなた方は理論派に属する勇者ではなく、王家に属する従順な勇者を
「ありゃりゃ、色々知られているみたいだね」
「それで、貴様はどうするつもりだ?」
「私たち勇者は、全員一致である答えを出しました」
レイはまっすぐと両刃剣を二人へ向ける。
「もう、悲劇は終わりにすべきだと」
この言葉を受けて、ネオ陛下がジクマ閣下の前に出る。
「そっかぁ。君は、君たちはヴァンナスに反旗を翻して、どうやるつもりかはわからないけど、全てをゼロに戻すつもりだね。もっとも、すぐにはできないだろうけど」
私は彼らのやり取りに疑問を抱き、言葉を差し入れようとしたが、それは陛下の声によって遮られる。
「悲劇? ゼロに戻すとはいった――」
「レイ! 君が敵に回るなら、私も動かざるを得ない! 私にもね、野望というのがあってね。ここで邪魔されるのはごめんなんだよ。だから、王家の力を
「はっ!」
「はいは~い!」
閣下は陛下を守護するように厚き結界で包む。
さらにはシエラたちが私たちの動きを阻むように、陛下と閣下の前に立ちはだかった。
そして、陛下は…………
『マルレミの血を受け継ぐ者として呼びかける。求めは星を越え、世界を越える。命の始まりである
陛下の声が空へ浸透する。
すると、空に四角を幾重にも組み合わせた
そして、その模様の中心から、巨大な鳥の足が見えた。
さらに、足から先には炎を纏う翼が踊り落ちて、ゆっくりと偉大なる姿を露わとしていく。
それは、真っ赤に燃え盛る巨大な鳥の姿。
城のように大きな体を持つ鳥が、炎を纏って現れた。
鋭い嘴からは絶えず炎が漏れ出して、それは炎の羽根の熱に溶け込み消えていく。
長く切れ込みの入った二股の
私はヴァンナスの守護者――
「な、なんという、霊圧。フィナ、君はこう言っていたな。王家は五分の一程度しか
「ごめん、その発言取り下げるわ。王家、いえ、ネオ陛下は
今、私たちは目の前の存在に対して、バルドゥルと相対したときと同じ絶対存在の気配を感じ取っていた。
人の身では傷をつけることなど叶わぬ存在――。
たとえ、最強の勇者であっても、刃は届かぬ……。
陛下は最後の微笑みを私たちに見せた。
「ふふふ、凄いよ、君たちは。だから、ほんと~に最後の機会をあげちゃおう。降伏しな。悪いようにしないからさ」
これは、温情なのだろう。
陛下の言葉に嘘偽りはない。
今後、彼らのやることなすことに目を瞑れば、私たちは同じ毎日を過ごせる……。
だけどそれは……非道に目を閉ざすも同じ。
――これはアグリスと同じだ。
起こっている非道に目を閉ざして、笑い声を上げる。
私はそういう者たちを忌み嫌う。
そう、ここで目を閉ざせば、私は自分が忌み嫌う者に堕ちる。
それはごめんだ……おまけに、たちが悪いというか、残念というか、この世界で唯一彼らの非道を止められるのは私たちだけだったりする……いや、たちが悪いんじゃなくて、素晴らしいことなのかもしれない。
己の道を示せる意思と力を持っていることは!
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