第122話 幽霊?
――翌日・早朝
執務室でフィナとカインと薬のことについて話し合っていると、エクアの声に混じり激しい足音が飛び込んできた。
「だ、駄目ですよっ。グーフィスさん!」
「ケ、ケント様。あの人は誰なんですかっ!?」
扉の前でエクアが止めたものの、グーフィスが言うことを聞かず、部屋に飛び込んできた格好のようだ。
私はエクアに一言を声を掛けて、グーフィスに尋ねる。
「エクア、大丈夫か?」
「はい」
「で、グーフィス。朝から何の用だ?」
「そうなんですよ。お邪魔になっちまうだろうから朝まで我慢してたんですが、もう我慢できなくてっ」
「何を言っている? とにかく、用があるなら話せ」
「は、はい、昨日見かけた女性のことなんですが、誰なんですか!? 俺、ぼーっとしちまって途中で見失っちゃったんで、知りたいんです!!」
「女性?」
落ち着く様子のないグーフィスから何とか話を聞きだす。
彼の話では昨日の深夜、麦藁帽子をかぶり、ワンピース姿をした長い黒髪の女性の後ろ姿を見かけ、その女性が中庭から崖に向かい、海岸へ続く階段を降りて行ったそうだ。
しかし、そのような女性など私は知らない。
「長い黒髪の女性? 誰か心当たりのある者は?」
皆は首を横に振る。誰も知らないようだ。
「グーフィス、見間違いではないのか?」
「いえいえいえ、絶対に見間違いじゃありませんって。あんな美人、一度見たら絶対に忘れられませんから」
「美人? 後ろ姿しか見てないんだろう?」
「後ろ姿でもわかりますってっ。あれはとんでもねぇ美人だ! 世界のどこを探してもあんな美人、いるはずがねぇ、っ!?」
と、ここで、グーフィスはフィナの存在に気づいた。
「も、もちろん、フィナさんの方が美しいですが」
「とってつけたような世辞なんかいるか!!」
「ぐはっ!」
フィナは拳に衝撃波を纏いグーフィスの腹部を殴りつけた。彼は床に突っ伏しているが、それはともかく、その女性について皆と相談する。
「もし、見間違いではないとなると、侵入者となるのか? どう思う、フィナ?」
「どうだろ? 深夜とはいえ、ワンピース姿で堂々と城を徘徊するなんて、どこかの工作員としては間が抜けてる。それに、ここに工作員を送り込む必要ってあるっけ?」
「悲しいがその通りだな。カインの意見は?」
「さぁ、見当もつきません。ケントさんに心当たりは?」
「はは、私には荒れた女性遍歴などないよ」
「そういった意味で聞いたわけじゃないんですが……でも、そうですね。他の男性に恨みを持つ女性の可能性もあるかもしれませんね」
「あら、恨みを持つなら、相手が男とは限らないんじゃない。女が女に恨みを持つこともあるし」
と、この恨みという言葉に、エクアが反応を示した。
「恨み……もしかして、幽霊……とか?」
一同は、一瞬、言葉を失う。
私はすぐにそんなわけなかろうと笑い飛ばそうとしたが、フィナが言葉をかぶせて邪魔をした。
「ははは、幽霊なんて」
「待って、ケント。ゴリンから聞いたけどさ、あんたの使ってるこの執務室って昔、女性が使ってたそうじゃない」
「え? ああ、私が訪れた当初、化粧用のパフが転がっていて、家財道具も女性用のものだったからな」
「もしかして、グーフィスが見た幽霊って、この城の元主じゃ……」
またもや、言葉が消える。
だが、またもやすぐに言葉を返す。
「いや、あのな……私は一人でここに寝泊まりしているんだぞ。フィナ、あまり不気味なことを言うな」
「あら~、ケント~。もしかして、怖いの?」
「怖いとかそういうことではなく、不気味だと言っているんだ」
「同じでしょ?」
「同じじゃない。第一、なぜ幽霊であることが前提になってるんだ?」
「そうですよ、フィナさん。あんな美人が幽霊であるはず――」
「グーフィス、黙ってろっ。ややこしくなる!」
「す、すみません、ケント様」
「はぁ……中央からもらった書類には以前の主のことは記されてなかった……それがどういった人物で、どうなったかは知らないが、今の問題を幽霊で片づけるわけにはいかない。見知らぬ誰かがいる可能性があるのならば、他の者たちにも声を掛けておこう。ただし、無用に怯えさせぬようにな。幽霊なんて言葉を使うんじゃないぞ」
とりあえず、話は終えて、解散となった。
私は執務室に一人残り、室内を見渡す。
「幽霊……そのようなものが居れば、すでに私の身の回りで何かが起こっているはず……つまらない冗談だ…………とはいえ、これからは寝にくいな」
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