第15話 遅々として進まない

――三日後



 城内、城外の動線の確保を終えたが、必要となる修繕は遅々として進まない。

 

 それでも黙々と作業を続ける。

 今は、倉庫の屋根を取り付けている最中だ。

 屋根と言っても、しっかりしたものではない。

 雨露を凌げればいい程度のもの。


 私は革素材でできた大きめの生地で、倉庫の天井に空いた穴を覆う。

 雨が外に落ちていくよう、生地の中心が山になるように下から棒で支える。

 簡単に言えば、これは倉庫を包む傘のようなものだ。


 支えとなる棒はトーワとアルリナを結ぶ『マッキンドーの森』から木を調達することにした。

 このマッキンドーの森は半島を縦断しており、それは半島と大陸の境界である山脈の袂まで広がっていた。   

 あまりにも広大なために、森は三者の領地に跨っている。


 まず、トーワとアルリナを結ぶ街道周辺にある森。

 西の九割がアルリナの領地で、東の一割が私の領地。

 しかし、その街道周辺の森はマッキンドーの森の一部でしか過ぎない。



 森の本体は北の山脈まで続く、半島を縦断する森。

 その森は人間族でない、キャビットという種族の領地だ。

 彼らの特徴は低身長で好戦的で商売上手。様々な種族の町に店を構えているが、生活の場は森が中心。そして、姿が猫のそのもの。


 非常に気性が荒いのだが、常にこちらの欲しい品を用意している。

 付き合い方は難しいがどの種族にとっても有用な種族だ。

 

 王都でも彼らの姿をよく見かけていた。

 あちらでは王都から少し離れた、サブラの森に彼らの町があった。

 

 彼らは商売人としての面が強いため、今後、交流を深めることもあるかもしれない。



 私はキャビットの住む森から、視線を自身の領地に当たる森に向け、作業に戻った。

 斧で木を切り出し、それを馬に曳かせて、できたばかりの道を通り、城まで運ぶ。

 城内ではギウの力を借りて倉庫まで運んだ。

 倉庫の石畳の一部を外し、土の地面を剥き出しにする。

 そこを深く掘って穴を開け、棒をはめ込んで支えとし、革生地の傘を張った。



 修繕の第一歩が終えて、私は肩で息をする。

「はぁはぁ、一つ目の部屋に屋根を付けただけで、結構疲れるな」

 私は革の傘を見上げる。

「もっと、良い服を用意して、美人を引き立ててやりたいのだが……甲斐性がなくてすまない」

「ギウ?」

「ふふ、城を女性にたとえ、美人と呼ぶのは変か?」

「ギ~ウ、ギウギウ」

「あはは、君ならわかってくれると思った。次は台所だな、行こう」



 倉庫と同じ要領で台所の吹き抜けの天井にも傘を掛ける。

 ここは倉庫と違い、煙の逃げ道が欲しいので、一部天井が開く形にしておく。


 城で生活するにおいて、基本となる場所を雨から守る備えが終わった。

 立派な天井とは違い革の傘とはいえ、無造作に降り注いでいた太陽光を追い出すことに成功して、とりあえずは室内らしい部屋になった。



 私は天井を見上げる。


「革の端は釘で壁に打ち付けているが、嵐が来ると無事で済むかわからないな」

「ギウギウ、ギウ」

 ギウはガラスのない最高の透明度を誇る窓に視線を振っている。先にあるのは海。


「そうだな。元々海風が強いから嵐がなくとも、強い風が吹いただけで屋根が飛ばされるかもしれない。だが、応急措置としてはこれで十分だ。本格的な修繕は今度考えよう。まずは基本となる場所を形にしたい」

「ギウギウ」

「もっと丁寧にやった方がいい? それはわかっている。だが、やることが山積みなのだ。畑を作らなければならないし、ニワトリをいつまでも城内に閉じ込めてもおけないし。それに何より、予算に限りがある」

 


 領主となった際に結構な金額を戴いたが、それらを本格的な城の修繕に使えばあっという間に底を尽いてしまう。

 だから、生活ができるだけの修繕に留め、節約をしたい。

 私は金のことを考えて、頭を掻きむしる。


「はぁ、困った。今後のことを考えると、収入の手段も考えないといけない。こんなことだったら、父の遺産分配に欲を出しておけばよかった」

「ギウ?」

「私の父は亡くなっていてね。その遺産を一族で分配したのだが、私の相続分は全て、屋敷の保全費用に回したんだ。父の職業柄、屋敷の中には貴重な品が多く、保存に金がかかる。だからこちらに訪れる際、執事のオーキスから生活費を出すと言われたのを断ったわけだ」

「ギウぅ~……」



 ギウはぱっちりとした目を閉じて、ため息をついた。

 呆れられている。そして、私の心の内を見抜いている。


「ああ、そうだ。意地を張った部分もある。一度は断った遺産に頼ると、いまだに父に頼っているようで情けなく感じた。成人した男として、私が得た力で何とかしたかったという思いもあったんだ」

「ギウギウ」

「そうだな。今になって愚痴を零すとは情けない話だ……はぁ、ここ連日の肉体労働が堪えて、精神的に弱っているのかもしれない。よしっ、気持ちを入れ替えて、次に行くとしよう」


 両頬をパチリと叩き、気分を一新して寝所へ向かう。

 だが、この寝所で、今後必要な物について話をしている途中、ギウと軽い口論になってしまった。



 ギウは壊れかけのスカスカ棚と壊れた花瓶を指差して声を強く出す。

「ギウギウッ」

「いや、そのようなものは後だ。まずは生活必需品の確保が最優先事項だろう。いつまでもソファで寝ていられないしな」

「ギウギウ、ギウ」

 彼は自身の胸を数度叩いて、大きく広げた。


「装飾品や花瓶の花は心を豊かにする? いやいや、装飾品や花瓶などは生活に必要ないだろ?」

「ギウ! ギウギウ!」

「必要な物だけを揃えることが人の生活なのかだって? それは……言いたいことはわかる。だが、物事には優先事項というものがあるだろう?」

「ギウ」


 ギウは両手を上げて、世界を覆うような仕草を見せ、次に私を指差して体を小刻みに左右に揺すった。

「ん? もっとおおらかに? 今の私には余裕がない? そんなことはっ……」


 言葉の途中で声を静めた。

 それは声の途中に、荒ぶった感情があることに気づいたからだ。



「どうやら、トーワに来て以降、慣れぬ環境と労働に参っているようだ。今更ながら、自分が如何に恵まれた環境にいたのかと思い知らされる。そんな私が、聞いて見ただけの庶民たちの生活の肩を持つとはお笑い草だ……」

「ギウ?」

「私は王都で議員をやっていたことがあってね。そのとき、多くの貴族たちが庶民に重税を課し、奴隷貿易の拡大を訴える中、真っ向から反対してしまったんだよ」

「ギウギウ」


「良いことだ? そうだな、言葉だけは……」

「ギウ?」

「幼い頃、私は父に連れられて庶民が住む区画によく遊びに行っていた。そこから、誰よりも庶民の苦労を知っていると勘違いしてしまった。私自身は父の権威の元で安穏と暮らしていたのに。そのような者が何をほざいているのか。それに……」


「ギウ、ギウ?」

「反対の仕方がまずかった。当時、議員になりたてだった私は他の議員と対等だと思い、自身の考えを隠さず披露してしまった。そんなはずはないのに……」

 


 父の権威を背後に置いた、新人の若造議員。

 重鎮たちは私をどのような目で見ていたことか。

 そして、それ以前に私は……皆とは対等ではない存在。


 そうであるのに、父とその部下と仲間たちしか知らない世界で育った私は勘違いしてしまっていた。

 私もまた、みんなと同じ仲間だと……。



 言葉を消し、黙り込む私を心配して、ギウが話しかけてくる。

「ギ~ウ?」

「ああ、すまない。くだらないことを考えていただけだ。それよりも、元政治家らしく自分の意見を通すだけではなく、戦略的譲歩というものを行おう」

「ギウ?」


「一度、町へ買い出しに行こう。そこで、改めて何が必要なのかを考えよう。もしかしたら、私が気に入る花瓶や花があるかもしれない」

「ギウ~、ギウ!」

「ふふ。それに、食料や調味料が不足し始めていたからな。君の作る、毎日の食事が美味しすぎてね」


 そう言って、ギウに微笑む。

 するとギウは……。


「ギ、ギウ~、ギウ~」

 尾ひれをパタパタと動かして、照れに照れていた。 

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