第14話 私の城、私の家

 砂浜でギウと出会い、彼に食事を作ってもらい、大まかなトーワに関する知識を得て、五日が経った。

 その間もギウは頻繁に城へ訪れて、城内の片付けを手伝ってくれた。



 彼はその細腕に反して非常に力持ちで、私ではとても運べない石の塊をひょいひょいと運んでいく。

 おかげさまで城内の掃除が思っていた以上に捗る。

 

 その城内の掃除だが、私はまず、動線の確保を重視した。

 つまり、頻繁に行き来するであろう、一階の出入り口から台所や倉庫。また、三階の寝所までの経路の安全確保だ。

 そこに至る経路に転がる石や瓦礫をどけて、草木を刈り取り、応急的な補修を行っていく。



 荷物が搬入できるだけの片付けが済み、次に移ったのは城外の動線の確保。

 なだらかな丘の頂点に立つ古城トーワは、三枚の歯車のような形をした防壁によって守られている。

 しかし、その防壁は崩れ落ち、隙間だらけ。

 問題は崩れ落ちた瓦礫がその隙間の道を塞いでいて、馬で荷物を運ぶのが難しいということ。

 今後荷馬車などの利用を考えるなら、最低限の道幅を確保しておきたい。



 私とギウは城の入り口となる丘陵下きゅうりょうかの防壁の一枚目に立つ。

 私は防壁から直線状に立つ城を見つめる。


 銀の瞳に映るのは、辛うじて城の形を保つ城。

 訪れた当初はあまりの壊れように溜め息すら出なかった。

 だが、今は……。



(まだ、僅かに手入れをした程度だというのに、妙に愛着というものが湧いてきたな)

 荒れ果てた場所を片付け、壊れた箇所を修理していく。

 まだまだ住居としての機能からは程遠いが、野ざらしになっていた城は人の手が入ることにより、着実に変わりつつある。


(これが私の城。私の家か……)


 王都で住んでいた屋敷は父の家だった。

 だが、いま私は、生まれて初めて自分の家を持とうとしている。

 そう思うと、寂しげな海声を背負うボロボロの城が、海の衣を纏った気高く美しい女性に見えてきた。


「ふふ、王都から追い出され、私の為すべきことはなくなったと思ったが、居場所を作るという目標ができたな。よしっ」


 

 今日という日まで私の心を包んでいた諦観という虚無が、目標という情熱に変わり始める。



 私は鈍く光る銀の瞳に、心から生み出される輝きを注ぎ、明瞭な輝きを宿して城を守る三枚の防壁を見つめた。

 防壁は全て大きく崩れている。

 防衛機能としてはまるで役に立っていないが、そのおかげで少し片付ければ道として機能しそうだ。

 因みに、本来あるはずの内と外を結ぶ防壁の門は崩れて埋まっている。



「多少左右に振られるが、ここからならばほぼ直線上に城と結べる。瓦礫をどかしつつ、一部防壁を崩して道を広げよう」

「ギウギウギウ?」

 ギウは壁全体をなぞるように銛を振った。


「いや、防壁の修復は後回しだ。本来の出入り口を掘り返すのは私たちだけでは時間がかかるし、ましてや防壁の修復はとても無理だ」


 防壁は、海を背後に置いた城を中心に扇状に広がっている。高さは5mほどで厚みは2mほど。長さに至っては目測で測れないほど長い。そんな壁が三枚も。

 さらに丘陵のため、道は緩やかな坂。

 壁の修復のための石材を運ぶなど、二人だけでは到底不可能だった。



「ギウ、ギウギウ」

 彼は身体を軽く前に振って、銛の刃先で道となる予定の場所を指し、大きく左右に振る。

「ああ、そのとおり。道を整備し、荷馬車が通れるだけの道幅が欲しい」

「ギウギウ」

「ふふ」

「ギウ?」

「いや、大したことでない。ただ、君とこうして意思の疎通ができるようになったのがちょっとおかしく、少し楽しくてね」



 この五日の間、ギウと過ごし、完全なコミュニケーションは無理でも、彼が何を訴えているのかぐらいはなんとなくわかり始めていた。


「贅沢を言えば、君と会話ができればいいのだが。君には私の言葉が理解できているのに、私には君の言葉がわからない。少々寂しく感じるな」

「ギウ~」

「いや、すまない。辛気臭いことを言っていても始まらないか。では、早速道を確保するとしよう。ギウ、ここは城内と違うから多少無茶しても大丈夫だぞ」

「ギウッ」


 ギウは言葉を強く出し、私の前を歩いて行った。

 そして、道の真ん中に落ちている樽ほどの大きさの瓦礫の前に立つ。

 それをどかそうとしているようなので、私は手伝うために近づこうとした。 

 だが……。



「ギウ!」

 彼は銛で瓦礫を薙ぎ払い、横に弾き飛ばしてしまった。

 瓦礫は遥か先に飛んでいき、地面に何度も体をぶつけ転がっていく。


「え? ギ、ギウ?」

「ギウ?」

「いや、問題はない。その調子で頼む……」

「ギウギウ」


 ギウは身体を前後に揺すり返事をして、正面を向き直し、邪魔になる瓦礫を弾き飛ばしていく。

 私は、陽射しを受けて青く輝くつるりとした逞しい彼の背中を見つめながら言葉を落とす。



「無茶というのは、そういう意味ではなかったのだがな。城内と違い、外だから瓦礫の置き場所に配慮する必要がないという意味で……それにしても」


 瓦礫を弾き、幅の狭い壁を銛で穿ち吹き飛ばす。

 瞬く間に丘陵下から城までの道が出来上がっていく。


「これなら、瓦礫に埋まった門を掘り出してもよかったかも。ふふ、ギウの実力の底知れなさには驚かされてばかりだな」

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