第5話 させん王?

 ひれ伏し、頭を下げ続ける若夫婦。

 私は何度も彼らの説得を試み、何とか立ち上がらせることに成功した



「私は所詮、名ばかり領主だ。だから、そのような真似はしなくていい。わかってくれるか?」

「え、ええ」

「は、はい」


 と、返事はしてくれるが、二人はばつの悪そうな態度を崩さない。

 

(困ったな。私は生粋の貴族というわけでもないのに、このような態度を取られては……)

 そう、私の父はともかく、私自身は貴族ではない。

 それどころか、貴族たちから見れば同列に語るにも値しない存在であろう。 

 いや、彼らだけではない。

 世界に存在するあらゆる種族から見て、私は異端の存在。


 私は怯えの残る若夫婦から、どうにかして怯えを取り去ろうとした。

 その若夫婦の傍で、娘であるキサがなにやらじーっと私の顔を見つめている。

 どうしたんだろうか?



「キサ? 私の顔に何かついているのか?」

「ううん、べつに?」

「それでは、なぜ私を見る?」

「えっとね、おじ、お兄さんがあのさせん王なんだぁっと思って見てたの?」

「させんおう……?」

「あのね、町のみんながお兄さんのことをさせん王って呼んでるよ」


「キサッ!?」

「ちょっと、やめなさい!」


 若夫婦が私とキサの間に割り込み、またもやひれ伏した。

「申し訳ございません!」

「幼子の戯言でございます。何卒ご容赦を!」

「いや、それはもう十分だから。とにかく立ってくれ。そうでないと困ってしまう」


「へ、へい」

「す、すみません」


 再び、若夫婦を立ち上がらせて、キサが口にした言葉を若夫婦に尋ねてみる。


「先ほどのさせん王とは、なんのことだ?」

「それは~、え~」

「なんと言いましょうか~」

「遠慮なく言ってくれ。私は些末なことで腹を立てるような人間でない。それとも、民をいじめる悪徳貴族に見えるかな?」

「い、いえいえ、そのようなことは」

「あはは、ならば教えてくれ」



 こうして、若夫婦からさせん王なるものの説明を受ける。

 彼らの説明では、私は王都から左遷されてきた貴族で、それを揶揄して左遷王と呼ばれているらしい。


「なるほど。させん、左遷だから左遷王か……はは、酷い言われようだ」

「へい、すみません」

「なに、間違ってはいない。むしろ、なんであれ『王』という名の称号を貰っているだけ恐縮というものだ。あはははは」

 

 あまりにも馬鹿げた渾名あだなに思わず笑い声が出てしまった。

 そこに左遷の意味を知らぬキサの声が交わる。


「すっごいよね~。お兄さんは王様なんだ」

「ああ、そうだな」

「それじゃ、王様ならい~っぱいお野菜買ってよ。お金持ちなんでしょ?」


「キサ!」

「あんたって子はっ!」


 父と母から叱られ、キサは頬を膨らませて不満顔を見せている。

(ふふ、仲の良い親子だな……)

 母のいなかった私には、父と母と子の絆というものがわからない。

 だが、彼ら三人を見ていると、それがとても暖かなものだということはわかる。

 心に灯る暖かな想いに、思わず顔が綻んでしまう。

 しかし、暖かさばかりに浸っているわけにはいかない。

 まだまだ買い揃えるべき道具があるのだ。



「ふふふ。それでは店主殿。話を戻すが、畑いじりをしたことのない私でも育てられそうな野菜はあるかな?」


 

 私は若夫婦から野菜の育て方を教えてもらう。

 彼らのお勧めは芋と人参と小松菜とハーブ類。

 それらの育て方を教えてもらった。

 他にも色々と教えてもらいたいが、彼らの仕事を邪魔するわけにはいかない。

 授業はある程度で切り上げて、次の店に移ることにした。

 

 別れ際に、キサに大変真面目な話を渡す。


「キサ」

「な~に?」

 私は片膝をつき、瞳をキサの目線に持ってきた。

 彼女は私のただならぬ気配に気づき、不安そうな顔を見せる。

 その不安な気持ちを和らげるように、そっとキサの頭を撫でて声をかける。


「キサのその物怖じしない性格はとても心地良い。だが、中にはそれを許せない人もいる。だから、気を付けなさい。そうしないと、お父さんとお母さんを悲しませてしまう」

「……うん」

「よし、良い子だ」

「あの……お兄さんにも、ちゃんとした方がいい?」


 キサは身体を小さく丸め、怯えた上目遣いを見せてくる。

 私はそれに、微笑みを返した。


「ふふふ、私は気にしない。私の前ではいつものキサで構わないよ」

「ほんとうっ!? それじゃ、これからよろしくね、領主のお兄さん!」

「ああ、よろしくだ」


 最後にキサの頭を撫でて、立ち上がる。

 そして、若夫婦と挨拶を交わす。


「それでは、大変世話になった」

「いえいえ、こちらこそ色々と失礼を」

「でも、ケント様がお優しい方でよかった。シアンファミリーみたいな連中だったらどうなってたことか……」

「シアンファミリー? 何者だ?」

「え……それは……その……」


 急に口籠る母親。

 すると、父親が声の音を少し下げて、港町アルリナの情勢を教えてくれた。



 港町アルリナはヴァンナス国の領土だが、自治が認められ商人ギルドが牛耳っている。

 だが、ギルドに属する商会の一つである、『ムキ=シアン』が率いるシアンファミリーという連中の評判がすこぶる悪いらしい。

 

 詐欺紛いの商売。暴力を伴う借金の取り立て。傭兵崩れを集めて、街中でやりたい放題。

 他の商会の面々も辟易しているが、アルリナで最大勢力を誇るシアンファミリーの行いには目を瞑っているしかない状況だと。


 

 港町アルリナの勢力関係を聞き、私は顎下に手を置いた。

「なるほど、厄介そうな連中だ。なるべく関わらないように気をつけておこう」

「へい、そうした方が良いと思います」

「情報、ありがとう。キサ、そんな連中に関わっちゃダメだからな」

「わかってるよ。わたし、こう見えても人を見る目あるんだから。ね、領主のお兄さん」


 パチリと小さなウインクを飛ばすキサに私は苦笑し、若夫婦はキサにお小言をぶつけている。

(ふふふ。キサは私を怖い人じゃないと判断してくれたのか……それは嬉しいな)


 初めて私に出会う人間は、銀の瞳に驚き、警戒を抱く。

 だが、キサは初めて出会った時から何の気負いもなく話しかけてくれた。

(本当に、良い子だな)



「それでは、そろそろ」

「バイバイ、領主のお兄さん。ごひいきにしてね~」


 私はキサと若夫婦に手を振り、店を後にした。




――八百屋

 ケントが立ち去った店先では若夫婦が小声で会話を行っている。


「とてもお優しい方だ……噂通りの人だったのかな?」

「たしか、噂では新人議員でありながら、あの大貴族ジクマ=ワー=ファリン様と真っ向から対立し王都から追い出された、だっけ?」


 二人の小さな会話を聞いていたキサが、二人を見上げて尋ねる。

「追い出された? 領主のお兄さんは何か悪いことしたの?」

「ううん、違うのよ。ケント様は私たち庶民や貧民、そして奴隷たちの味方をしてくれた。だけど、そのせいで王都を追い出されちゃったの」

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