第4話 そうだ、私は領主だった
「ほぉ~、改めてみると見事な町だ」
最初に訪れた時は急ぎ足で通り過ぎた町。
今回はゆっくりと町並みを味わうことができる。
東側は小高い丘となっており、私は坂の上から町を見下ろす。
どこまでも続く、白い石畳で舗装された道。
青い空からは眩い日差しが降り注ぎ、白い家たちをより白く魅せる……。
白は先にある青い海に浮かび上がるように建ち並び、家の一つ一つが空に浮かぶ真っ白な雲に見えた。
この広がる白い世界に絵を描くように、町を行き交う人々の衣装や肌は様々な色を見せている。
ここはクライエン大陸とビュール大陸を結ぶ町。そして、北の大都市へと繋がる町。
だから、世界に広がる多くの地域から人々が集まっているのだろう。
「人の数と比べ町は大きくないが、活気は王都にも負けない。良い町だ……さて、立ち止まっていても仕方がない。必要なものを購入せねばな」
まず、訪れたのは金物屋だ。店先にはハンマーの模様がついた看板がぶら下がっている。
そこで、トンカチや釘、のこぎり、鍋、包丁といった工具や調理器具を購入する。
「ん、これは?」
私は壁に立てかけられていた釣り竿を手にとった。
すると、真っ白な長髭をこさえた店主の老翁が話しかけてきた。
「おや、お若いの。釣りをするのかい?」
「いえ、残念ながら」
「そうかい、おや?」
老翁は私と目が合い、少し驚いた態度を見せる。
だが、無理もない。
私の知る限り、銀の瞳をした人間など存在しないから……。
「驚かせて申し訳ない。目は生まれつきで」
「ほ~、変わっとるな。いや~、こっちも気分を悪くさせてすまんの」
「いえ、そんな」
「それでだ。釣りの経験のないお前さんは、釣竿を持って何を?」
「これで魚を釣り上げて食卓を豊かにしたいと考えているんですよ」
「はっはっは、品が良さそうに見えるが、見かけによらず苦労しておるのかな? 良かろう、少し手ほどきしてやろう」
老翁は非常に気の良い方で、丁寧に釣り竿の扱い方を教えてくださった。
基本となることを学び、購入した商品を馬に載せ、金物屋を後にする。
次に訪れたのは八百屋だ。こちらの店の軒先にはかぼちゃマークの看板が風に揺れていた。
看板は何の店かをシンボルで示しているように感じる。
先ほどの金物屋といい、この町の風習だろうか?
「なかなか面白い風習だ。それはさておき、どうするか?」
八百屋に訪れた理由はもちろん、食料品の購入のためだが、もう一つ別の目的があった。
私が店先で唸り声を上げながら野菜たちを睨みつけていると、店を営む若い夫婦と小さな女の子が話しかけてきた。
「へい、らっしゃいっ。どうしたんだい? おっ」
「何か、お探し? あっ」
「おじちゃ~ん、そんな怖い顔したまま銀色の瞳で睨みつけてたら、お野菜たちが怖がっちゃうよ~」
「こら、キサ! すみません、お客さん」
「いや、気にしていない。お嬢ちゃん、悪かったな。しかし、私はまだおじちゃんと呼ばれる年ではないぞ」
「そうなの~? おじちゃん、年いくつ~?」
「キサ! お客に向かってなんて口をっ」
「うえっ」
角刈りの威勢の良い父親は赤毛で二本の三つ編みの娘を叱り飛ばすが、少女は舌を出してうんざりといった表情を見せる。
そのやり取りを、少女と同じく赤毛の長い髪を一本にまとめた母親が困り顔で見ながら申し訳なさそうに話しかけてきた。
「ごめんなさいね。やんちゃ盛りで」
「いえいえ、幼い子から見ればおじさんに見えても仕方ないでしょうし」
「え~、幼くないよ~。夏には八歳なんだから。もう、レディに対して失礼ねっ」
「キサ!」
「ひっ!」
次は母親に叱り飛ばされる。
すると、キサと呼ばれた少女は言葉を詰まらせ、
この様子から、父親よりも母親の方が怖いようだ。
「まぁまぁ、気にしてませんから。たしかに、もうすぐ八歳なら立派なレディだ」
「でしょっ。おじさんはいくつなの?」
「おじさんはできればやめて欲しいのだが。そうだな、今年で二十二になる」
「「え?」」
合わさった声は夫婦の声。
私は眉を跳ねて、二人に顔を向ける。
「老けて、見えるかな?」
「申し訳ない。正直、三十くらいに見えた」
「それが、私たちより四つも年下だなんて」
「そう、か。まぁ、そう見られるのならば、それはそれで悪くないだろう。男は多少、年上に見られた方がいい。それだけ、頼りがいがあるということだからな。ははは」
私が笑い声を上げると、若夫婦も笑いを交える。
「あはは、そういうものかもな」
「うふふ、そうね。男は幼く見られるよりはいいかもね……で~も、キサ」
「なに、お母さん?」
「おじさんじゃない。お兄さん。わかった?」
「う~ん、でもぉ」
「でもぉ、じゃないでしょ。それにお兄さんはお父さんやお母さんよりも年下なのよ。お兄さんがおじさんなら、私もお父さんもおばさん、おじさんになっちゃう」
「ええ~、それは嫌だ~。じゃあ、おじさんはお兄さんでいいや。じゃ、お兄さん、お店をごひいきにしてね」
「あ、ああ……」
微妙に納得のいきづらいやり取りだったが、これ以上この話題に触れても仕方がない。
触れれば、キサからのおじさん扱いは止まらないだろうから。
そういうことで、無理やり話を進めることにした。
「そうそう、店主。いくつか野菜を貰いたいのだが」
「へい、どんなものを?」
「日持ちのしそうなものと、畑で育てやすいものが欲しい」
「畑?」
「ここから城まで往復するのが大変でね、それで畑を作ってみようと思っているんだよ」
「城? 兄さん、いったい何を?」
「ああ、すまない。自己紹介も説明もしていなかったな。私はこの町から東にある古城トーワを預かる領主ケントだ」
「領主?」
「そうだ。知っての通り、あの周辺には店もなく、なるべく自給自足できるようにしたくてな。それで、私のような素人でも育てられそうなやさい、を……だな?」
急に若夫婦二人の身体が小刻みに震え始めた。
「ど、どうした? どこか具合でも?」
問いかけると、二人は同時に地面にひれ伏した。
「「も、申し訳ごさいません! 領主様と知らず、とんだご無礼を!!」」
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