第3話 原始人、町へ

――台所・かまどへ



 かまどにはでっかい古びた鍋がデンと座っていたが、彼にはそこからどいてもらい、代わりに私の小さな鍋に座ってもらう。

 しかし、鍋が一回り小さくて穴に落ちそうになる。


「これは駄目だな。石を置いて、その上に置くか」

 かまどの上に大きめの石を並べ五徳代わりにして、その上にそっと小さな鍋を置く。

 

「グラグラしているが、まぁ大丈夫だろ」

 水筒から鍋へ水を移し、一階の倉庫にあった欠けた大甕に放り込んである食料品を漁りに……。

 そこから、小麦粉と固形スープを取り出し、再びかまどへ。


 火打石を使い、かまどに火を灯す。


「はぁ、井戸から水汲み、火打石で火を起こすなどしたことがないから面倒に感じるな」



 私も父も、屋敷の者の目を盗んでつまみ食いする癖があった。

 台所にある食材を使って、勝手に料理を作ることもしばしば。作るのは父だけだったが、私も一応手伝っていた。

 そのため簡単な料理もどきの経験はあるのだが、王都の屋敷では予め水が甕に溜められており、それを使用していた。

 火は火炎石という火種を使っていため、わざわざ火打石を使うことはなかった。



「振り返ると、私もまた贅沢な暮らしをしていたのだな。そうだというのに…………情けない話だ」

 王都での出来事を振り返り、己の未熟さに顔が火照る。


 熱を発するのは火打石だけに頼み、枯草に火花を散らし燻ぶらせ、空気を吹き込み火種にする。この火種を徐々に大きくしていき、枯れ木に火を移す。

 次にかまどへ、まき代わりとなる程よい大きさの枯れ木を入れようとした。そこで、誰かがかまどを使用した痕跡を見つけた。



「焚き火の跡? なぜ? まさか、城に誰かいるのか? いや、そんなはずはない」

 ざっととはいえ、城内は調べている。

 どの部屋も誰かが住んでいるような形跡はなかった。


「ふむ、ふらりと立ち寄った旅人が使ったのかもしれないな。置かれていた大きな鍋はその旅人が放置していったものだろう」

 そう考え、さほど気にすることなく枯れ木を入れて種火を放り込む。

 枯れ木はパチパチと音を立てて、徐々に炎の揺らめきを大きくしていった。

 


「こんなもんか? 少し煙が多い気がするが……幸い吹き抜けの部屋だ。煙は外へ逃げていくだろう」

 

 右側の壁は崩れ外に通じており、空からは暖かな光が降り注ぐ。

 

「はは、城の中のかまどというよりは、まるでキャンプだな。さて、お湯が沸くのを待つ間に料理の下ごしらえをするか」


 私は小麦粉を取り出して、底が深めの皿に入れた。

 それに水を入れて、こねる、丸める……それだけだ。



「よし、そろそろお湯が沸いた頃だろう」

 鍋の中のお湯に固形の鶏がらスープを入れて、一口大の小麦団子を入れていく。


「料理……とは程遠いが、父はともかく私は本格的なものを作ったことがないからな」

 煮て、食べる。焼いて、食べる。

 これが私にできる簡単な料理だ。


 

「ん?」

 なにやら鍋がごとごとと暴れ始めた。

 鍋の中で小麦団子が沸騰したスープと喧嘩しているようだ。


「クッ、石で作った五徳だと安定性が悪いかっ。一旦、鍋を外して、あつっ!」


 鍋の柄の部分に触れようとしたところで、五徳の一部が崩れ、鍋が傾く。

 そのときに熱いスープが跳ねてしまったが、手の甲に数滴飛んだ程度で済んだ。

 しかし、せっかくのスープと小麦団子の半分が地面に零れてしまった……。



「はぁぁぁ~……無理にかまどを使わず、今朝けさと同じく外で火を起こせばよかった……」



 健康を気遣い半分となった食事を終え、三階の寝所へ向かい、大切なベッドであるソファのご機嫌を伺う。

 今後、ここで休むことになるわけだから、体の疲れがしっかりとれるように状態を確認しておきたい。

 表面を押さえ揺らすと、足元がガタガタと音を立てる。


「たぶん、どちらかの足のバランスがズレているんだろうな。どれ」


 屈み、足を確認……左の足が少し浮いている。

「なるほど、木を削る道具は持ち合わせていないから左の足に接ぎ木してバランスを取るか」


 使用人の休憩室で休んでいた板切れと錆びた釘の手を引いて、寝所へ戻ってくる。

 そして、ソファをひっくり返して、板切れを左足に当てて、錆びた釘の頭をそこらに転がっていた石で打つ。


 カーン、カーン、ぐにゃり。

 釘が曲がってしまった。

 すでに釘は深く刺さっているので釘は曲がったまま寝かせるように打ち込み、新たな釘を打ち込む。


 カーン、カーン、ぐにゃり……。


「はぁ、石でものづくりとは、原始人か私は……道具が必要だな。それに……」


 部屋全体を見回す。

 埃が積もり薄汚れた部屋。

 寝所としては最悪な環境。


「掃除の道具も必要だ。これは一旦町へ、道具類を買い出しに行った方がよさそうだ」


 板切れや石ころをぽいっと放置して、階段を降り、一階から外へ。

 私は空を見上げる。



「まだ、昼を少し過ぎたぐらいか……ゆっくり馬で進めば、西にある『港町アルリナ』までは半日弱。荷物を載せて帰ってくるとすると、帰りは丸一日くらい掛かるか? 今から向かえば途中で野宿になるな」


 空を映していた瞳に古城を映す。


「何も取られるものもないし、取ろうとする奴もいないだろう。今からでものんびり、アルリナに向かうか」




――港町アルリナ



 私は一晩、森の闇に身を預け、西にある『港町アルリナ』に向かった。

 アルリナは古城トーワとは東西対称にある町だ。

 

 アルリナもトーワもビュール大陸から飛び出した半島内にある地域で、アルリナは西の海に。トーワは東の海に面している

 

 この町は古城トーワと同じヴァンナス国の領地だが、商人ギルドによる自治が認められ、彼らによる独立した統治が認められていた。

 わかりやすく言えば、商人たちが統治する領地。

 私にとっては、他の領主の土地となる。



 また、港町アルリナはビュール大陸の玄関口としての顔を持つ。

 港町と称するだけあって立派な港が整備され、クライエン大陸にある王都『オバディア』の客を迎える。



 さらに、北にある大都市『アグリス』と街道が結ばれ、海と陸と人の行き来は大変賑やか。

 本街道から逸れに逸れた古城トーワとは大違い。

 三百年前はトーワにある街道が北に繋がる唯一の道だったらしいが……今は、人っ子一人通らない不毛な大地が広がる、喉や鼻に刺激を与える土埃が賑やかな街道となっている。


 

 私は馬に騎乗したまま鬱蒼とした木々覆いかぶさる東門前までやってきた。

 こちらの門には無人の城であった古城トーワへ続く道しかない。

 そのため、門の整備はおざなりで、伸びきった木々が門と一体化している。

 

 入り口を守る二人の門番は最初にトーワへ向かうときに見た顔とは違う顔ぶれだった。

 彼らは暇を持て余すように門の前で盤上遊戯に興じている。

 

 馬から降りて、彼らに近づき、話しかける。

 門番は一瞬、私の銀の瞳を見て驚いた態度を取ったが、私と会話を交わすと『ああ、あなたが噂の……ククッ』と、笑い声を交え、簡単に通してくれた。


 どうやら、不毛の大地と壊れかけの城にたった一人で住む領主のことは末端の兵士にも知られているようだ。

 


 彼らから通行の許可を得て、町の中へ。

 通常、他の領主が町に入るとなれば、それなりの手続きとその領地のあるじとの挨拶などがあるが、事情と状況のおかげで簡素化されている。


 簡単にいえば、私は自由に港町アルリナを出入りして構わないということ。

 商人ギルドにとって脅威も益もない領主と会っても時間の無駄だし、私としても彼らの貴重な時間を奪うのは心苦しい。

 しかし、我が領地トーワには店が一つもないため、生活用品を購入するとなればアルリナに頼るしかない。


 

 そういった事情から、あらゆる手続きが簡素化されているというわけだ。

 このような取り決めはアルリナの港に訪れた際に全て終えておいた。

 というよりも、商人ギルドが予め準備していた。


 私は船を降りてすぐに、商人ギルドの代理人を名乗る使用人から説明と通行許可証を受け取る。

 その際、代理人から『ギルド長のノイファンは挨拶に伺う時間はない』との旨を伝えられ、『その代わりに長逗留できる宿の用意がある』という説明を受けた。

 だが私は、王都から随伴させている案内人をいつまでも私に縛り付けておくわけにはいかないと思い、宿を断り、町を見学することもなく真っ直ぐ古城へ向かった。


 

 一連の流れは他の領主に対する対応としてはありえないものだが、それは仕方のない話。

 

 私は領民のいない領地の領主。

 しかも、その土地は汚染されていて使い物にならない。城は廃墟。

 はっきり言って笑い話でしかない。実際に今しがた門番に笑われたばかりだが……。


 しかし、逆の立場なら私も笑っていたかもしれない。

 それらのことを考えると、彼らの扱いに腹を立てる気も起きない。



 私は門番に軽く手を振り、町の中へと入っていく。

 使用されない東門周辺は人数ひとかずが少なく寂しいものだったが、足を進めるたびに賑やか声と足音が響いてきた。

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