第2話

 体育倉庫の事件から一夜明け学校に着くと、生徒3人退学、教師一人が退職という張り紙が目に入った。警戒心の強い男子生徒が、わざわざあんな所に一人でいるのが不思議だったがなるほど、教師がグルだったのか。こと男性絡みの事件に関しては、この世界の警察はとてつもなく優秀なので、私の時のようにハメられたというわけでもないのだろう。


 


 教師が事件に関わっていたというのは中々にショッキングな出来事だが、何故か知らないが私が真犯人であると言う噂が流れていた。いわく、私が男子生徒を襲ったとか、教師と生徒を脅してやらせたとか、警察に連行されたが謎の権力でお咎めなしだったとか。


 どうやら警察署に移動するときにパトカーに乗ったのを誰かに見られてしまったらしい。根も葉も無い噂であると主張したいが、一部本当の事も含まれているのがやっかいだ。私個人の不良であるというイメージも噂に信憑性を持たせてしまっている。


 悪いことは続くもので、教室の私の席(教師用机の真正面、指定席だ)に攻撃的な言葉が書かれた紙が何枚も張り付けてある。内容は幼稚なものであるが、あべこべ世界であることを考慮しても悪く言われすぎでは?私が転生者でない普通の中学2年生であったなら泣きたくなるくらいのイジメである。日頃の行いによる自業自得でもあるのだが。


 


 他の生徒の目線やひそひそ話が鬱陶しかったので、今日の学校はサボる事にした。中学校には基本的に留年というものが無いので安心してさぼることができる。この辺りの地域では、高校受験に必要なのは中3になってからの成績だけなので、高校受験するにしてもそれから頑張れば十分に間に合う。最悪の場合は高卒認定試験を受けて適当な大学に入るか、どこかのクラブでスポーツ選手として生活する予定だ。


 さてサボったはいいが、この後どうやって時間を潰そうか。家に帰っても誰もいないのでやる事がない。前世で好きだった漫画や映画もこの世界のものは合わなかったのであまり好きではないのだ。漫画は人気取りの為かやけに媚びる男が複数出てくるし、映画も男装した女優とのラブロマンスが必ずと言っていいほど入っていて馴染めなかった。


 


 当てもなく住宅街を歩いていると、目の前を黒猫が通り過ぎた。この後の予定が決まった瞬間である。近くのスーパーで猫用のおやつを買い、猫の匂いを追いかける。しばらくすると、近くの公園の椅子の上で先ほどの黒猫が日向ぼっこをしていた。チートをフル活用して警戒されないようにゆっくりと近づく。綺麗な毛並みと赤い首輪をしているのが見えたので、近所の人が放し飼いにしているのであろう。黒猫は私をじっと見ていたが、おやつを取り出せば目線がそちらに移る。さすが天下のチューブ型おやつ、最初は若干の警戒を見せた猫も、私が隣に座っても逃げようともせずに舐めはじめた。


 


 猫は好きだ。正確には猫だけでなく動物全般が好きだ。動物は良い、何故なら彼らは人間と違い、前世とほぼ同じ様な生態だからだ。前世でも好きだったが、現世では数少ない癒しとなっている。背中をゆっくりと撫でてやるとうとうとし始め、あまりの可愛さに思わず頬が緩んでしまう。本当は家でも飼いたいが、残念ながら母が許可してくれなかった。本人がいうには、父への愛が揺らぐかもしれないから嫌らしい。動物への愛すら父に向けるとは、父が生きていた頃にまともな生活が送れていたのか心配になる。娘にはちゃんと愛が向いているというのが唯一の安心材料だ。


 


 春の日差しの下で猫を撫でながら過ごす。学校での出来事と猫による癒しのおかげか、私もだんだんと眠くなってきた。すこしの間眠るとしようか。


 


 


 


  ◆◆◆


 


 


 


 ふと、黒猫の鳴き声で目を覚ました。ゆっくりと目を開ければ、パーカーを目深に被ったにジーパンの子供が目の前にいた。猫を撫でようと集中しているが、警戒されて撫でられずにいるようだ。


 


「猫が好きなのか?」


 


 私が起きていたのにびっくりしたのか、その子供は少し後ろに下がった。が、私が猫を撫でて落ち着かせているとゆっくりと近づいてくる。


 


「猫好きだよ。この子ってお姉さんの猫?」


 


「いや、誰かの飼い猫だろうね。首輪がついてる。」


 


 フードのせいで顔がよく分からないが、見た目からして小学生だろう。太陽の位置からして昼過ぎくらいか。この時間に一人で公園にいるとは、人のことは言えないがこの子も不良なのだろうか。だとすれば猫好きなのも納得だ。雨に濡れた猫を不良が助ける話など、不良と猫は切っても切れない間柄だ。


 


 さっきあげていたおやつがまだ半分程残っているのを思い出した。


 


「エサやってみるか?」


 


「いいの?ありがとう!」


 


 元気な奴だ、ちゃんとお礼も言えるのだから、悪い奴ではないと思う。しかしこんな昼間から一人でいるとは何か訳アリなのだろう、ここは人生の先輩として相談に乗ってやるとしよう。


 


「それで、なんでこんなところに一人でいるんだ?」


 


「だって、お家にいてもつまんないんだもん。ずっと家から出してもらえないし、テレビも決まったのしか見せてもらえない。その上、お母さんもお父さんも勉強しろ勉強しろってうるさいし。だから家出しちゃった。」


 


 身なりからしていいとこの子供であるように思える。この世界のテレビは教育に悪い下品なものが多いので、親としてはあまり見せたくないのだろう。


 


「なるほど、箱入り娘みたいなもんか。学校は?」


 


「行ってない。お母さんもお父さんも中学校からだって。」


 


 なんともつまらなそうに語る。私が前世で小学生だった頃は家にいる事の方が少なかったので、自由が欲しいという気持ちは分からなくもないが。まあ小学校に行かないこと自体はこの世界では珍しくも無い。金持ちの家庭は、小学生の年齢のうちは家の中で英才教育を行い、中学から男子校なり女子校なりに送る事が多い。そういう過程の場合は大抵、性略結婚(誤字にあらず)なので異性との無駄な交流は減らされるのだ。


 


「それで家出か。大胆というか向こう見ずと言うか⋯。」


 


「お姉さんこそ、この時間は学校じゃないの?もしかしてお姉さんも家出?」


 


「家出じゃあ無い。まあ似た様な物ではあるが。」


 


 なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。流石に転生だなんだは答えられないが、私の半生と人間関係に関してくらいなら話してやろう。


 


「かくかくしかじかという訳で、私は人間関係が上手くいかず、こんな所でサボっているというわけさ。」


 


 私の話を聞いている最中、この子はなんというか複雑な顔をしていた。まあ、ボッチの成り立ちなど聞かされても困るだけか。


 


「それで、これからどうすんだ?」


 


「分かんない。家出したはいいけど何したらいいか分かんなくてさ。とりあえずで歩いてたらこの公園にいたんだ。」


 


 まあ家出なんて基本突発的なものだしな。計画的な家出なんて家出じゃない。


 


「なるほどね。お前、名前は?」


 


「如月理莉リリ。お姉さんは?」


 


「睦月スミレだ。理莉、もしよかったら私がどっか案内してやろうか?」


 


「いいの?」


 


「おう、どうせ暇だからな。」


 


「じゃあ映画館に行きたい!家にもあるけど見たい映画がまだ売られてないから見れないんだ!」


 


 家にあるって、もしかして映画館が?なんとも羨ましい話だ。


 


 私と一緒にいれば変な輩に絡まれてもよっぽど大丈夫だろう。親からすれば、そもそも私と一緒にいる事が大丈夫では無いだろうが。今会ったばかりの女に着いて来る警戒心の無さが、自由にさせてもらえない理由なんだろうな。猫の方がよっぽどしっかりしている。


 


「任せとけ。と、その前に手を洗おう。飼い猫とはいえたまに病気を持ってたりするからな。」


 


 この年の家出なんて相当の勇気が必要だっただろう。どうせ帰ったらしこたま叱られるんだから、楽しい思い出のひとつやふたつは作らせてやろう。


 


 


 


  ◆◆◆


 


 


 


「凄かったね!特にラストシーンの空中戦!こう、バババーって!ドババーって!」


 


 身振りを加えて楽しそうにはしゃぐ理莉。あの後私達は映画館に向かった。最近一部の界隈で話題になっているらしいアクション映画を見るためだ。この世界の映画にしては珍しくラブロマンスが入っていない、アクションの派手さのみを追求した作品だった。小学生にしては随分な趣味だが、おかげで私も久しぶりに映画を楽しむ事ができた。


 


「この作品は監督が男性でね、誰でも楽しめる作品作りを心掛けてるんだって。」


 


「詳しいな。もしかしてファンなのか?」


 


「うん。この監督の作品は全部持ってるよ。まあお母さんはあんまり見せたくないみたいだけど。」


 


 そらそうだろうな。子供に見せるには少し過激なアクションもあるにはあった。親としてはもっと健全な、ハートフルな作品を見て欲しいだろう。


 


「ねえ、次はどこ行く?」


 


 気の早い奴だ。まあ今まで家の映画館でしか映画を見た事がなかったのだから無理もないか。映画館と言えばポップコーンという定番の組み合わせも知らなかったくらいだからな。


 


「まあ待て、まだ映画館の楽しみは残ってるぞ。映画の半券は取ってあるな?」


 


「うん、初めて映画館で映画を見た記念に取っとくんだ!それで、この後は何があるの?」


 


「実はな、この半券があればゲームセンターのクレーンゲームが一回タダで遊べるんだ。」


 


「ゲームセンター⁉︎不良の溜まり場で有名なアノ⁈」


 


 概ね正しい評価だ。だが私もその不良の一員なので行かないという選択肢は無い。私にとって映画とは、帰りにゲームセンターに寄って半券を使うも何も取れず、無駄に金を注ぎ込んで手ぶらで帰る所までがセットなんだ。


 


「不良体験だ、行くぞ!」


 


「お、おー!」


 


 


 


  ◆◆◆


 


 


 


「理莉⋯⋯おそろしい子!」


 


 意外な才能であった。何と理莉は、どんな景品でも一発で取れてしまうのだ。私が手本を見せた時には案の定持ち上がりすらしなかったのに、理莉の時だけクレーンが景品をガッチリと掴んでいた。最初の一回でお菓子の詰め合わせが取れた時はまぐれかとも思ったが、その後続けてキャラクター帽子やたこ焼き器、挙げ句の果てに巨大な動物のぬいぐるみまで手に入れてしまうのだから本当に恐ろしい。最後の方なんて店員がすごい形相でこちらを睨んでいた。


 


「初めてやったけど、クレーンゲームって楽しいね!」


 


 手に入れた帽子をフードの上に被って、何とも間抜けな笑顔の理莉だが、この大量の景品を私が持てなかったらどうするつもりだったのだろうか。次から次に金を渡した私が言えることでも無いが、少しは後のことを考えて欲しい。


 


 時計を見ればもう少しで5時になろうという頃だった。


 


「理莉、ちょっと早いがファミレスで飯にしようぜ。」


 


「いいけど、ファミレスって何?」


 


「まじか⋯。ファミレスってのはファミリーレストランの略で、早い話が家族で手軽に行けるレストランの事だ。」


 


 まさかファミレスも知らないとは⋯。理莉の親は相当な金持ちらしいから、大方ファミリーで手軽に行けないレストランにしか行ったことがないのだろう。


 


 適当に近場のファミレスに入ることにした。時間の割に混んでいるが、幸い1席空いていたのですぐに座ることができた。


 


「言っておくが、味は値段相応だから普段食べてる様な物を期待するなよ。」


 


「そんな高い物ばっかり食べてないよ。普段の食事はお父さんが作ってくれてるし。」


 


 そういえば父親がいるとも言っていたな。理莉のこの人当たりのいい性格は、もしかしたらそのおかげかもしれない。私の母もそうだが、前世と同じような部分がある人とは付き合いやすくて非常に助かる。


 


 その後はドリンクバーに感動した理莉がジュースをミックスして飲めなくなったり、ぬいぐるみのキャラが何の動物をモチーフにしているかなど、たわいもない話をして過ごした。


 理莉も楽しそうだったが、私もそれと同じくらいに楽しかった。年齢の差はあるが、久しぶりに友達と言える人との楽しい時間だった。そして、楽しい時間というのはすぐに終わってしまうものである。


 


 時計の針が7時を指した時、ファミレスにいた私達以外の客が一斉に立ち上がった。突然の出来事に狼狽える理莉だったが、後ろの席にいた女の顔を見ると悪戯が見つかった子供のような、悲しいような表情になった。


 


「理莉様、お迎えに上がりました。」


 


 かっちりとした見覚えのある服装の髪の短い女だ。昨日の事件の時も見た、男性護衛官の制服をしている。


 


「あはは⋯、バレちゃった⋯。」


 


 金持ちの家系で大事に育てられた護衛官付きの子供、つまり理莉は男性だったというわけだ。この年の男子が一人で家出とは、本当に考えなしもいい所だ。


 


「まあ知ってたけどね。」


 


「えっ?」


 


 普通の人間なら分からなかったかもしれないが、私には人類最高の能力がある。声の出し方や歩き方、一般人を装った強そうな女が行く先々にいるなど、ヒントはいくらでもあったのだから気づけて当然だ。名前だけ聞けば女子であるように思えるかもしれないが、この世界は前世と違い名前と性別に殆ど関連性が無い。


 


「じゃあなんで⋯。」


 


「言っただろ、私は男とか女とかに疲れてるんだよ。聞かれたくなさそうなことなら聞く必要もないしな。」


 


 理莉としては、男性であるとバレたらこの関係が壊れると思って黙っていたのだろう。私も黙ってて悪かったと思うのでお互い様だ。と、そろそろ護衛官の目つきが厳しくなってきた。


 


「ヤダ!帰りたくない!」


 


 なんと理莉が私の腕にしがみついてきた。この短期間で随分と懐かれたもんだが、反抗期特有の悪い男に惹かれるアレだろうか。この世界では随分と珍しい、というか殆どないことだろう。


 


「理莉、父さん母さんは好きか?」


 


 返事は無いが今にも泣きそうな顔で頷いた。泣かれると私が困るのだが⋯。私は別にこのまま夜通し遊んでも問題ないが、世間的には大問題だ。


 


「二人もさ、別にお前が嫌いな訳じゃ無いんだ。それは分かるだろ?」


 


 またもや黙って頷く。非常に心苦しいが、理莉の為にも言わなければなない。


 


「ただお前が心配なんだよ。だってお前、見ず知らずの女と一緒に半日過ごすってさ、いくらなんでも男として終わってるぜ。危機感とか常識ってものが無さすぎるよ。」


 


「でもスミレさんはそんなことしないでしょ?」


 


 そうやって気軽に言えてしまうことも問題だ。家から出さない親の気持ちも少しは分かってしまう。


 


「分からないよ、信用させた所で襲うつもりだったかもしれない。」


 


「そんなこと!」


 


「そう考える奴もいるってことだ。そして、ほとんどの人間はそう考える。」


 


 理莉がしょんぼりとしてしまった。別に責めたいわけではないんだ、軌道修正しなければ。


 


「別に責めてる訳じゃない。要するにな、自由にしたいならまずは信頼してもらわないといけないんだ。」


 


「信頼⋯?」


 


「そうだ。こいつなら大丈夫だろう、自由にさせても無事帰ってくるだろう、そういう信頼が有ればもう少しはやりたいようにやらせてもらえるようになる。」


 


 私が親だったとしても今の理莉を自由にさせようと思えない。最低でも、一人でいる時に女を見かけたら逃げるくらいでなければ信頼されるのは難しいだろう。


 


「だから今日はここでお別れだ。家に帰ってしっかり怒られて、世間の常識や身を守る方法を覚えれば、親だって今日みたいな護衛官付きの外出くらいなら許してくれるだろうよ。」


 


 こういってみたものの、おそらく親から許可が出ることは無いだろう。外出だけなら良くても女と会うなんて、まともな親なら許さないだろうからな。


 理莉はしばらく私を見つめていたが、決心したのか、涙を拭いて立ち上がった。


 


「勉強して、信頼してもらって、そしたらまた会える?」


 


 騙すようで申し訳ないが、こうやって出会いと別れを繰り返して少しずつ大人になっていくのだ。


 


「それこそ理莉がどれくらい信頼されるかに懸かってる。」


 


「分かった、頑張る。」


 


「おう、頑張れ。」


 


 ファミレスでの食事代は理莉の家が出してくれるらしい。ファミレスの席全てを埋めるのに比べれば安いものだろうから任せてもいいだろう。


 店から出れば、正面にリムジンが駐まっていた。まじのお坊っちゃんじゃん⋯。


 


「次は遊園地に行きたいな。前行った時は貸し切りで人がいなくて寂しかったから、今度は普通の時に行きたい。」


 


「いきなり遊園地はハードルが高いよ。先ずは軽く遊ぶくらいの所から許可をもらえ。」


 


 別れの挨拶も終わらないうちにリムジンが発進してしまった。窓から乗り出して手を振ってきたので振り返したが、それも車が角を曲がれば見えなくなってしまう。


 


 久しぶりに楽しい時間を過ごした。こっちの世界で初めて気が合った友人かもしれないのだから、少しばかり寂しい気持ちになる。願わくは、彼にとってもこの出来事が楽しい思い出として残って欲しいものだ。


 


 さてと、理莉にはさんざん偉そうに語ったが、私も私でなんの連絡も無しに遅くまで遊んでしまった。失った信頼を取り戻すのはとてつもなく難しい。先ず手始めに、なんの連絡もなく遅くまで遊んだことへの謝罪の土下座から入るとしよう。


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