第3話
あの後家に帰ると、申し訳なさで胸が痛くなるほど心配された。なんだかんだ言ってもまだ中2なので、あまり遅くまで遊んでいると心配なのだろう。自分が被害にあったわけではないが、前日に警察署に呼び出してしまったのもあり余計に心配させてしまった。理莉には格好つけて信頼がどうとか語ったが、私自身も信頼を取り戻すためしばらくは大人しく学生生活を送ると心に誓った。
大人しく生活するための一番の課題は、私に関する都合の悪い噂が流れていることだろう。私が悪いという証拠はないので暫くすれば噂も静まるだろうが、昨日の張り紙のような事が続けば、流石の私も我慢ができなくなるかもしれない。
さて、決意新たに登校し自分の席に向かってみると、昨日の張り紙は綺麗さっぱり無くなっていた。というか、机も椅子も無くなっていた。リアルおめーの席ねぇからだ。いきなりエスカレートしすぎじゃない?普通こういうのって、落書きや傷をつけるなどの段階を踏んで、満を持して行うものじゃないのか?私の反応が悪かったから(あるいは帰るという反応が良すぎたからか)エスカレートしてしまったのだろうか。
なんかもうすでに帰りたい。帰りたいが、心に誓った事を初日で投げ出すというのもいかがなものだろうか。何よりここで帰ってしまっては、悪意ある人間の思う壺のようで面白くない。どれ、ここはひとつ、このイジメに対する最適解を示してやろう。
先ずは自分の席があった場所に立つ。この時、中心ではなく少し前に立つのがポイントだ。続いて足を90度に曲げ、腰を落とせば空気椅子の完成だ。おまけにエア机に突っ伏して寝たふりをする。ここまで無反応だと、やったやつも腹が立つだろう。かといって、これ以上のイジメを行うこともできない。なんたって何かする物が無いからな。策士策に溺れるとは正にこのことだ。
しばらくそうして寝たふりをしていると、担任が教室に入ってきた
「おう睦月、机と椅子どうした。」
「バカには見えないやつに変えました。」
「そうか、バカみたいだな。」
この人は私のクラスの担任兼生徒指導の山田先生。美人で胸が大きい、おまけに面白いので、前世なら人気者間違いなしだが、この世界では主に男子からの人気がない。胸が大きいと性欲も強いという根拠の無い説のせいで嫌われてしまっている。なんというか、生きづらい世の中である。
「以上でホームルームを終わる。あとそれから睦月、この後校長室まで一緒に来い。」
なぜか呼び出されてしまった。クラスの視線が集まっている。おうこら、なにがついに退学か⋯だ、学校サボってるだけで退学になってたまるか。
教室を出る先生に付いて行く、十中八九体育倉庫の一件の話だろう。普段は用のない職員室を通り過ぎれば、校長室が見えてくる。
「失礼します。」
3回ノックして入室する。本当は返事を待つべきだろうが、向こうが呼び出したのだし、まだ学生なので別にいいだろう。初めて入った校長室は、いかにも高そうな調度品が並んでいる。部屋の真ん中にある応接用のソファーには、集会などで良く顔を見る、見た目中年のおば様な校長がニコニコして座っていた。不気味な笑顔だ。
校長の正面のソファーに座って話を聞いた。どうやら被害者男性は、目立った傷もなくトラウマにもならずに済んだらしい。それでも、大事を取ってこの中学校は辞めて少し離れた男子校に編入するのだとか。まあ正しい判断だろう。どこの学校かは知らないが、こういう場合の学費は国から補助が出るので、セキュリティのしっかりした学校に通えるだろう。
加害者の女子3人と体育教師には厳しい罰が下されるが、直接的な被害を抑えられたことと処罰が迅速に済んだことで、校長は辞任でなく減給で済んだらしい。笑顔の理由はそれか。
警察から感謝状が送られ、被害者からもお礼の手紙を渡された。手紙の内容は、助けてくれてありがとうと言うのと、直接礼を言えなかったことへの謝罪だった。律儀なものだ。名前も知らない仲ではあるが、楽しい新生活になることを祈っておこう。
最後に、今学校に流れている噂について、集会で訂正するかどうかを聞かれたが、校長を影で操っているという噂が流れそうなので遠慮しておいた。人の噂も七十五日という言葉もあるし、私について聞かれた時に正しい話をしてくれるぐらいが丁度いい。
話は済んだので校長室を後にし、教室に向かおうとすると山田先生に呼び止められた。
「あーなんだ、辛い事があったらちゃんと言えよ。お前がそこまで悪い奴じゃ無いってのは一応知ってるからさ。」
この先生は本当にいい人だ。見た目で嫌っている奴らは実にもったいないことをしている。今の所は直接的な被害もないので大丈夫だが、もし何かあったらこの人に相談するのもいいだろう。
ちゃんと授業に出ろと釘を刺されたのでお礼を言って教室に向かう。最近、人間関係に恵まれている気がする。少し元気が出た。そのまま軽い足取りで教室に戻れば、机と椅子が無いという現実を思い出した。スキップなんてしてないで、予備のやつを持ってくれば良かった。
一度教室に戻ってしまったので、机を取りに行って戻ってくるのが面倒だ。今日一日くらいなら空気椅子で済ましてしまおう。
「校長室に呼び出されていて遅れました。」
遅刻の理由を口にして席に着く(浮く?)と、授業をしていた教師が何とも言えない顔をする。明らかなイジメの現場ではあるが、私が何の反応も見せなかったのでどうすればいいか困っているのだろう。教科書の内容は全て頭に入っているし、内容も2度目の中学生なので問題ない。さあ先生、どうぞ授業を続けてください。
◆◆◆
一限が終わり、空気椅子で足を組む遊びをしていると、珍しく女子生徒が話しかけてきた。
「昼休みに校舎裏に来い、いいな。」
行く気はないので無視すると、さらに大きな声で話しかけてきた。人を呼び出すときは要件を言ってほしい。私は用事を聞かれたとき、答える前に用件を聞くタイプなのだ。
さらに無視を続けると、女子生徒がイライラしていくのが分かる。机や椅子があったら、それを叩いて気を晴らせたんだろうが、残念ながら誰かが持っていってしまった。大声を出して注目を集めてしまったので、殴り掛かることもできず、捨て台詞を吐いて自分の席に戻っていった。
最近会話をしたのが普通に接してくれる母さんと理莉、後は仕事中の警察官だけだったので、嫌な奴が余計に嫌に感じる。大事な用でもないだろうし、校舎裏に行く必要はないだろう。たまごサンドとコーヒー牛乳以上の価値があるとも思えないしな。
4限の教師が授業終了を告げると同時に財布を掴んで窓から中庭に飛び出す。私のクラスは3階で、購買は1階にあるので、律儀に階段を使っていると購買に近いクラスのやつに先を越されてしまうのだ。
3限と4限の間に、購買前の中庭に面した窓を開けておいたのでそこから飛び込む。
「おばちゃん、たまごサンドとコーヒー牛乳!」
「あいよ。」
お目当ての物を手に入れて一安心、と思いたいところだがこの後購買は女子生徒で大混雑になる。その前にどこか別の場所に向かわなければいけない。男子生徒専用校舎の購買は共用校舎よりも広いらしいので、羨ましい話である。
昼休みもそう長くあるわけではない、今日は天気がいいので屋上に向かう。この時間の屋上に人がいることはまず無い。なぜなら、私がよく利用するので人が寄り付かなくなってしまったのだ。悲しい。事故を減らすことができたと考えれば、少しはましに思えるかもしれない。
ところがこの日は珍しく、屋上の扉を開くと人がたくさんいた。10人近くが立ったまま、私が開けた扉を睨んでいる。気まずいので別の場所に移動しようと後ろを振り返ると、
階段下からも10人程が上ってくるのが見えた。その先頭には先ほど私を校舎裏に呼び出した女子生徒もいる。
「おいおい、呼び出しといて自分は行かないって、失礼だとは思わないのか?」
「呼び出された場所に行こうともしなかったやつに言われたくないよ。」
たしかに、むしろ向こうから会いに来たのだから私よりも彼女の方が礼儀正しいかもしれない。
元々屋上にいた10人と後から来た10人に囲まれてしまった。中には軽く知っている顔もある。どうやら彼女らはこの学校の真面目な不良の集まりらしい。真面目と言っても、前世の不良とそんなに違いは無い。理莉の言っていたように、ゲームセンターを溜まり場にし、カツアゲや万引きも普通にしているような連中だ。違いと言えば、日々真面目に学校に来て授業をしっかり受けている点だけだ。
といっても、ことこの世界の共学において、授業を受けない不良など殆どいない。理由は簡単、教室には男子がいるからだ。少しでも男子とお近づきになる為に、彼らは受けたくも無い授業を真面目に受けているのだ。
「じゃあ私はここで、後はごゆっくり〜。」
「帰す訳ないだろ、ナメとんのか!」
ですよねー、にしても何でこんな大人数で囲われてるのだろう。先日、私が気絶させた奴らは彼女らの仲間ではないので、お礼参りということもないだろう。
「こんな大人数でか弱い女の子を囲っちゃって、一体全体何の用なわけ?」
「とぼけんなよ、一昨日の体育倉庫の事件の話だ。お前がやらせたんだってな。教師と生徒の未来を潰して、心が痛まないのか?」
なるほど、つまり彼女らはあの事件の黒幕である私がのうのうと生活しているのに憤りを覚え、悪を討たんと立ち上がった者達なわけだ。
「言っとくがその事件の噂については誤解だぞ。体育倉庫で襲われてるのをたまたま見つけて、助けたついでに警察に事情を説明しただけだ。なんなら、校長に話を聞いてこいよ。」
こうなると、校長先生の説明を断ったのはまずかったかもしれない。まあ誤解が解けたようでよかった。よし、解散。
「そういう事情とかはもうどうでもいいんだよ。お前の事を怖がってるやつがいて、お前のせいで学校に来たくないって奴まで出ちまった。そういう奴らが安心して学校生活を送る為にも、お前には学校を辞めてもらいたいってわけさ。」
言ってることがめちゃくちゃだ。事実は関係なくてとりあえず辞めてほしいとか、お前が人の未来を何だと思っているんだ。別に学校を辞めること自体には何の問題も無いが、ただの誤解で、それもこんな理由で辞めさせられるというのが癪に障る。
第一、彼女らに何の利益も無いのに、何故こんなことするのだろうか?不審に思い辺りを見回して見れば、男子専用校舎と共用校舎の渡り廊下に、こちらを覗く複数の男子生徒が見えた。ああ、そういうことか。
「要するにあれかお前ら、悪者を退治して男子にモテたいわけか。」
図星を突かれたからか、女子達が狼狽え始める。
「な、何を根拠に!」
「うわー、浅ましいー。なに?態々男子に言ってきたの?今からアイツ退治してくるぞって?しかもこんな大人数で?恥ずかしくないの?」
「だ、黙れ!」
これは是が非でも退学するわけには行かなくなった。寧ろこいつらになんとか恥をかかせてやれないものか。片っ端から殴り飛ばすことも出来るが、それをしてしまっては本当に退学になってしまう。かといって殴られてやるつもりもない。ならば取れる方法はただ一つ、逃走だ。
私の学校の屋上は一応誰にでも解放されていて、落下防止の為に2メートル程のフェンスがついている。逆に言えば、それを越えれば飛び降りることは可能なのだ。早速フェンスをよじ登り、呆気にとられたような彼女らの表情を眺める。
「それでは皆さん、私は昼飯を食べないといけないので失礼します。」
軽い挑発と同時に飛び降りる。屋上が4階の上にあり、フェンスを登ったので大体5階分くらいの高さだが、清水の舞台から飛び降りて助かった人間もいるし大丈夫だろう。ちゃんと着地地点として中庭の噴水を選んだので、助かったとしても不思議ではない。
なにより、私は飛び降りたのに彼女らはビビって飛び降りれなかったという事実が、彼女らの株を落としてくれる。逃げと攻撃が同時に行えるパーフェクトな作戦だ。
着水と同時に屋上を見れば、追ってこようという奴は一人もいなかった。これで彼女らもしばらくは突っかかってこないだろうし、正しい話が広まればバカな事もしないだろう。彼女らに恥をかかせたのと水を浴びたことでサッパリとした気分だ、今日のところは教室で昼飯を食べてもいいかもしれない。
なお、びしょ濡れで空気椅子の格好をしている姿を見て、5限の教師にはとてつもなくびっくりされたのだった。
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