そして泥より深く
村崎 紫
沼は足掻けば足掻くほど沈む
-ねぇ、知ってる?ここ最近家出や行方不明の女子高生が増えてるって。
-噂だとヤバイ薬とか、ヤーさんとか関わってるらしいよ?
-今のところいなくなった人たちは、誰も戻ってきてないとか……。
警視庁麻薬特別捜査班。そこは、違法薬物の流通者及び所持者を取り締まることに特化した社会的安寧の一部を担う部署である。
「それで?今回の遺体からは何が出たの?」
御崎日菜子、25と若くして麻特の管理を任された女性警官である、役職は巡査部長。
「それが、また新種の合成薬とのことです。前回見つかった物とはわずかながらに配合が違っているとのことで……。」
「チッ、またかめんどくせえな。」
御崎の怒り心頭な口調に震える部下、これもまたこの部署のイチ日常場面。
「……私自身だってあまり部下をビビらせるつもりはなかったんだ、今日は朝から虫の居所が悪いんだ、こんな態度ですまない。」
今日も朝から気が滅入る。特別、気圧差に弱いわけでは無いのだが。タバコの煙が足りなかったのか?|
「今日はご機嫌斜めそうですねぇ。」
同期であり部下の更科がニタニタとした表情を浮かべながら、煙を浮かせた喫煙所ミジメったらしいハコに入ってくる。
「朝から調子悪くてな。」
「今回の死者、ここ最近の薬物事件では珍しく成人でしたねェ。これまで見つかってるのは全部
「家出少女ばっかだ。」
今回の事件は、路上で突如として成人女性が奇声を上げ狂った笑いをし続けたのち血を吐いて倒れた。緊急搬送されたものの、中毒の果てに死亡した。これまでは家出した高校生達が路上で倒れたのを発見、薬物成分が見つかり矯正施設に送られた。ここらの経緯などは親御さんには説明をしっかりつけている。
「遮ってしゃべるなんて無礼ですよー?」
「そんな独特口調のお前に注意されたくはないね。」
「そんなこと言っていいのぉ?矯正施設の管理長から伝言預かってるんだけどお?」
先にその本題を言えよ、タコ。
「要件は。」
「『試験薬について目処が立ったから、確保した君に立ち会って欲しい。』とのことだ。それにしても君も悪趣味だね。」
無言。
「君が体調を崩してるなんてのは真っ赤な嘘、その顔に見えてるその感情の本質は、」
"焦り"だ。
ニタニタとした表情を崩さず更科は喫煙所ミジメったらしいハコを出る。その背中を睨みつける。
次の日、私は矯正施設へ赴いた。自宅や本部からは車で行くにも距離がある、かと言って電車で行くとかえって不便なことから車を駆り丸一日をこっちで過ごすつもりで来た。
ようこそ。と、気持ちの篭りを一切感じない声で出迎えたのは、施設長である荻久保だ。
「ようこそなど心にも思ってないだろう。」
「篭ってなくとも挨拶はしなければならないのが大人という物だ。そうだ、コーヒーは飲むかい?」
ちょうど欲しかったところだ。貰った手のひらサイズのボトルコーヒーを飲み干す
薬物依存者矯正施設と謳ってはいるが、半分本当で半分は仮面だ。非合法には非合法、と言った感じでこちらも認可の下りていない治験薬療を敢行しているいわば警察の「闇」の部分だ。しかし本部は治療に非認可薬を試験的に使用していることは全く伝わっていない。ある種のアンダーグラウンドな実験場だ。そんな施設の中で、近未来じみたカプセルの中に少女たちが封じ込まれている。
「ボトルはそこの机にでも置いておいてくれ給え。それではここから先は、」
検証結果だ。
その合図とともに一つのカプセルから液体が抜かれ、カプセルの開いた先には過去麻薬漬けになった少女がいた。
「気分はどうだい。」
私は少女に近づき声をかけ優しく頭を抱きかかえる。
「……お姉、さま?」
「あぁ。」
この少女は、私の妹でも無ければ一切の親族でも無い。だか口にしたその一声は、見知った者に対してのそれである。
「成功のようだね。薬漬けとなった少女の記憶改竄実験はここで今、無事完成されたんだ。ミサキ。」
腕が、背が、肩が、そして足へと全身に震えが波及する。
あは……はははは…。
「あはははははははははははっ!!!!!」
なんて甘美な!!!
これまでのフラストレーションが!!
全てが砂糖のように!!
頭に!心に!!全身に甘く溶け出ていくようだ!!
「君の愛玩衝動というのもまた面白い物だねぇ、女性が年端も行かぬ少女らを飼いたいなど、と。」
現実を理解できていない顔で、お姉様お姉様と私を呼ぶ声。
嗚呼、雛鳥を持つ親鳥の気持ちというのはこういうものなのか!!!
全身からは汗が噴き己の秘部が徐々に濡らされていくのが、興奮止まらぬ中でも如実にわかるほどだった。
「これからは私の妹であり、愛玩だ。そうだろう?」
もはや今は名も無き少女に問いかける。
「はい。私は、お姉様の妹であり愛玩です。」
これが脳汁全開というものか!この言葉だけで10の絶頂は堅い!!我が、我がいも、わ
「くひぃっっっっ!!!?!?」
全身がピリつく。背筋に悪寒が走り、先程の歓喜と興奮による発汗は、ひどく寒く肌に嫌に張り付く冷たいものとなっていた。
苦しい。苦しい。苦しい、苦しい、苦しい、苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい
視界はぼやけ、思考が暴走する。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
「君の見たものは存在しない。全てが無象であり夢想なのだよ、ミサキ君。」
あああああああああああああああああ!!!!!あああああああああああああ!!!
もはや彼女が何を言ってるのかすらわからない、だがその言葉の本意がわたしを侮辱している、皮肉しているものであることだけは、なんとなくわかった。
床に倒れ込む、それが最後にわかった感覚で触覚もだんだん薄れていき、目も、耳も、機能せず終いには四肢からの情報全てが切り離された。
「ぁ……。」
もはや喉は掠れきってしまった。
「君は最後まで利用させてもらうつもりだったが、気が変わったんだ、すまないね。」
最後に聞こえたのは鼓動と、わたしを嘲笑う誰かの声だった。
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