第11話 出没


 職場でユリエの顔を見るなり、「ゴーレム」と言い出しそうになったアレシュの顔に、ユリエは端切れの山を投げつけた。


「おぶっふぅ」

「それ、確認終わったから運んでおいて」

「はいはい」


 アレシュがゴミ置き場に向かっている間に、ユリエは猛烈な速さで製品の確認を行なっていく。再確認の係のアレシュを休ませないためだ。少しでも手が空いたら、アレシュは何か余計なことを言い出すに違いないと、ユリエは決めつけていた。


「運んできたよ、ユリエ。ところで……」

「お疲れ様。こちらが再確認待ちのシャツの山。ざっと見たけど、縫製の失敗や針の取り残し等はなし。あとを頼みます」

「分かった。それはそうと……」

「滞ってるし、早くやってくれる?」

「はいはい。というか……」

「まだ何か?」

「ゾラちゃんは元気?」

「……元気だけど。まさかここでも妙な話を始める気?」

「いやいや、君の頼みだからもう黙っておくよ。国家保安部に連絡されちゃ困るし」

「どうも」

「それにしても、最近のユリエは一味違うね。はきはき喋ってくれる感じだ」

「……あなたが馬鹿なことを言うからでしょう。いつまでもお喋りしていないで、仕事に集中したら」

「はいはい」


 アレシュは黙ったが、時折楽しそうな表情でユリエを見ることがあった。ユリエはいらいらしたが、構わずに放っておいた。五日後にはまた休日が来る。それまでの我慢だ。

 ……そう思っていたのだが。


「なんで休日まであなたと顔を突き合わせなきゃならないの……」


 ユリエは不貞腐れたが、アレシュはどこ吹く風だった。

 ユリエはゾラを連れて新市街まで来ていた。そろそろ本格的に暑くなる頃なので、ゾラの新しい衣服を購入したいと思ったのだ。青色のスカートは合うかしら、麦わら帽子はあった方がいいかしら、と悩んでいると、いきなり後ろから声をかけられた。咄嗟に振り返ると、そこには満面の笑みをたたえたアレシュが立っていたというわけだ。


「そもそもどうして女児の服の区画にいるわけ? あなた家族はいないでしょうに」

「僕はこれでも出世したいと思ってるのさ。衣服に関する情報にはたくさん触れておいた方がいいだろ?」

「……呆れた働きぶりね。ジャパニオ人もびっくりするんじゃない」

「いや、ジャパニオ人はこんなもんじゃないだろ。西側の国の事情はよく知らないけど」

「私も別に……って、そうじゃなくて」


 ユリエは首を横に振った。


「私はゾラのために来たから。それじゃあ、無賃金労働頑張って、アレシュ」

「いやいや、ここまで来たら一緒に行こうじゃないか」

「は? ……何で?」

「ここで会ったのも何かの縁ってやつだよ。どうだい? ビールを奢るからさ」

「別に、いらない」

「まあそう言わずに。ビールの誘いを断るなんて、チェスコスロヴィオ人の名折れだよ」

「……いらない」

「悲しいなあ、振られちゃった。この悲しみを癒やすにはビールを飲むしかない。でも参ったなあ、店主のおじさんにうっかり何もかも喋ってしまいそうだ。酒に酔ってゴーレムのことを話してしまったらどうしようかなあ」


 ユリエは恨みがましくアレシュを睨んだ。


「いつまでそのネタで脅す気なの」

「冗談、冗談。まあせっかくだし一緒に一杯行こうよ」


 ユリエは溜息をついた。


「……仕方ないわね」

「ヤッター!!」


 ***


 その後も、アレシュは何故だかユリエとゾラの行く先に出没した。ゾラの気に入った天文時計の仕掛け人形を見に行った日も、旧市街をぶらぶら散歩していた日も、大きな図書館に出向いた日も、アレシュは姿を現した。「奇遇だね!」という挨拶は、日ごとに胡散臭くなってゆく。


「私たちのあとをつけるのはやめて。変質者なの? 警察に突き出すわよ」

「いやいや。僕たちは休日の過ごし方の趣味が合うってことだよ!」

「まさか。私はゾラの勉強のために出かけているだけ」

「まあまあそんなことより、ビールでも飲もうよ」


 そしてお酒が入ると、アレシュは決まって、ゴーレムの使い道についてユリエに説いた。

 この素晴らしいいにしえの技術を、世のため人のために活かすべきだというのだ。


「知識とは力であり財産だよ。それを隠して独り占めするなんて、平等の精神に反するじゃないか。何でも分け合うのが社会主義ってものだろう」

「だってこれは私しか使えない技術なんだもの。広めたってどうにもならないわ。だったら好きに使って何が悪いの」

「それは良くない。良くない考えだよ」


 アレシュはビールをあおった。


「一人の幸せよりもみんなの幸せ。そうは思わないかい?」

「みんなが幸せなら私も幸せでなくちゃおかしいでしょ?」

「秘密を共有すると君は不幸になるのかな?」

「ええ」

「そんなことはない。社会が良くなれば、君にも恩恵があるんだよ。この画期的な技術を使えば、冷戦において東側諸国を有利に導くことだって可能だ」

「……魔術は他国にも存在するらしいけど?」

「だったらなおのこと、遅れを取るわけにはいかないじゃないか。持てる技術を最大限に活用しなくちゃ、アメリーコには勝てないよ」

「……そういうの、興味が無いわ」


 あのソヴェティアに協力する気など、これっぽっちも無い。ソヴェティアにへりくだって従っているチェスコスロヴィオ当局にも。


「何でだい? 言ったけど、ソヴェティアが勝てれば君にも恩恵が……」

「無駄口はよして。いくら言われても私にはその気が無いの。わざわざ休日の貴重な時間をあげてるんだから、もっと中身のある話をしてくれないかしら」


 ユリエが堪えきれずに言うと、アレシュは肩を竦めて、ゾラに関することに話を戻した。


「ゾラちゃんはいつも君の隣でパンチの練習をしているけど、ゴーレムってみんなそうなのかな?」

「……いいえ。何故かあなたを見るとやり始めるのよ」

「ゴーレムって術者の命令に忠実だって言ったけど、これは君の命令じゃないってこと?」

「ゾラに攻撃指令を出したのは、あなたに見つかった時の一回きりよ」

「じゃあどうして?」

「さあ。……ゾラ、答えられる?」

「はい。ユリエは私に、暇な時は好きにするようにと命じました。ある時私は、鍛錬をしていると、より退屈ではないことに気付きました。そこで、この男の顔を見ると、鍛錬をするようにしています」


 ふうん、とユリエはアレシュの方を見た。


「アレシュ、あなた退屈な男だと思われているわよ」

「ははは! 参ったなあ」

「その表現はある程度正しいですが、正確ではありません。私が退屈を感じることは他にもあります。しかし鍛錬をしたくなるのはこの男の顔を認識した時に限られます」


 ユリエは吹き出した。


「それって、アレシュに負けたのが悔しいんでしょう」

「そうなのですか? 私には分かりません」

「そういえばあの時のアレシュはやたら強かったわね。ゾラが負けるとは思わなかった……。何か護身術でも習っているの?」


 アレシュは感極まったように両手を広げた。ユリエは怪訝に思った。


「……何よ」

「君から僕に関する質問をもらえるなんて!」

「ちょっ……待ちなさいよ。これはあくまで、ゴーレムの戦闘能力について把握するためよ」

「何だっていいよ。僕は感動している」

「それはまあ、見たら分かるわ」


 アレシュは深呼吸をして、ようやく質問に答えた。


「僕は一時期柔道をやっていたんだよ」


 ユリエは瞬きをした。


「あなたって本当にジャパニオ人?」

「違うよ。チェスコスロヴィオ人さ!」

「まあ、何だっていいけれど。そういうことね」


 ユリエは頷いた。


「そういう相手にはゴーレムも負けることがあるのね。参考になるわ」

「嬉しいな! 君の役に立つことができて!」

「気持ち悪いわね」

「はっきり言う君も面白いね」

「本当に気持ち悪いわ」


 ユリエは立ち上がった。


「行くわよ、ゾラ」

「はい」

「また明日、職場でね!!」

「……はいはい」


 ユリエはおざなりに返答をして、さっさと店を去った。


「さすがに毎日あの能天気な顔を見るのは疲れるわ。来週は別の場所に行きましょうね」

「しかし、どこへ行ってもアレシュは現れます」

「……」


 信じたくなどなかったが、ゾラの言うことは本当である。

 次に現れたら本当に通報してやろうかしら、とユリエは思案した。


「……プラゴじゃないところへ行きましょう」

「プラゴではないところ?」


 ゾラは不思議そうにユリエを見上げた。ユリエはほんの少しだけ微笑んだ。


「ええ。ちょっとした旅行をするってこと。他の都市を見るのも、あなたの学習には必要なことかもね」

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