第10話 古本

 ユリエが、ホムシミュラ・ゴーレムの創り方が記してある『ゴーレム奥義書』を入手したのは、全くの偶然に他ならない。神のお導きとやらがあったのかもしれないが、ユリエはそうは思っていない。


 『ゴーレム奥義書』はブラツァの町のとある古本屋の片隅に鎮座していた。


 発見当時、フェドルの工場で働き始めてから七、八年が経過しており、ユリエの隠れた二つの趣味もいよいよ佳境に入っているところだった。

 つまり、ゴーレム創りはよりいっそううまくやれるようになっていたし、禁書を手に入れて読むことも以前より熱心に行うようになっていた。

 いい加減、結婚を考えても良い頃合いだったけれど、フェドルは何も言わなかったし、ユリエも焦ってはいなかった──というか、あまり周囲に興味を示していなかったので、何となくそういう話は流れていた。

 折しも、世界は変容の時を迎えて、地下出版の類は頻繁に出されるようになってきていた。何しろ、かつてこの国にあれほど苛烈な軍事干渉をしてきたソヴェティアが、今度は「立て直し政策」などというものを始めて、以後は他国に干渉しないという方針を打ち出したのだ。最初は半信半疑だった諸国民だが、この年に入って隣国のパルラントが民主化の動きを見せても、ソヴェティアはちっとも動く気配を見せない。これはいよいよ本気で民主化が進行するのではないかと、革命家たちは勢い付いている。

 そのような情勢下で、ユリエもこっそりと禁書を手に入れるべく、引き続き古本屋巡りを敢行していた。


 新しい古本屋を見つけたら、応援の気持ちを込めて、禁書を一冊買う。すると店主もユリエが訳ありであることを察するから、二度目以降の来店で、地下出版の雑誌などを見せてくれる確率が上がる。だから見つけた本屋には足繁く通う。

 危険な遊びではあったが、ユリエにはそれくらいしか、両親の遺志を継ぐ方法が分からなかった。


 ある時、足を伸ばして行ったことのない古本屋に入ってみた時、ユリエは己が目を疑うようなものを目にした。

 チェスコ語やスロヴィオ語の書物がずらりと並ぶ中で、一冊だけ明らかに異質な──背表紙にヘブリュイ語の文字が刻んである本を見つけたのだ。


「え?」


 顔を近づけて読んでみると、そこには確かに、『ゴーレム奥義書』と書いてあった。

 その時ユリエを襲った感動を何と表現したものか。

 この国に──もしかしたらこの世界に──唯一残された、魔術師の子孫であるユリエ。そして、行方不明となり存在すら危ぶまれていた禁断の魔術書。二つが巡り合うことになろうとは。


 ユリエはそっと手を伸ばして魔術書を引っ張り出すと、それが本物かどうかを注意深くあらためた。そして、内容が確かに古代ヘブリュイ語で記されていること、これが聖職者ロエヴの本の写しであること、これはかつてプラゴに住んでいた魔術師の一家の所蔵するものであったこと、主にホムシミュラ・ゴーレムに関する記述が載っていることなどを確認すると、急いで店主を探した。


「お、おじさん、これ、どうやって見つけたんですか」

「おや」


 店主は眼鏡を掛け直して近づいてきた。


「んー、うちでは、戦時中に持ち主不明となった本も取り扱っているからねえ。大きな声じゃ言えないが、中には無理矢理取り上げられた本なんかもあるんだよ。それはおそらくジュード人の持ち物だったんだろうから、そういうことさね」

「はわわ……」

「お姉さん、これが欲しいのかな」

「はいっ。是非とも」

「変わったお客さんもいたもんだ」


 店主は笑いながら、馬鹿にならない金額を提示してきた。しかしユリエは迷いなく札束を取り出して、無事に『ゴーレム奥義書』を手に入れた。


 家に帰るなり、挨拶もそこそこに自室に駆け込んだユリエは、目をきらきらさせてその本を開いた。

 そして頭を抱えた。

 それは非常に難解な本であった。とても中世のものとは思えない先進的な思想も織り込まれていると思えば、急に神の存在について言及したりしていて、飲み込むのにやたらと苦労する。


 まずはこの本には、ホムシミュラ・ゴーレムを創るに当たって、人間およびゴーレムの定義について、一から考え直す必要がある、と書いてあった。


 第一章では、神学的な視点からこの問題に対処しようという試みが為されている。


『神は自らの姿に似せて人間を創った。なれば、人間もまた神の如く、自分に似せた何かを創ることは可能なのだ』


 これにはユリエは反対だった。ユリエは、人間のできたのが神の奇跡だとは思わない。だが、ゴーレムの魔術を極めたのは、他でもない中世のジュード教聖職者であるからして、こういう意見にも一定の理解を示さねば話が進まない。


 第二章では、詠唱する呪文についての理論を展開していた。


『ホムシミュラ・ゴーレムを創る際に最大のかなめとなるのは、「ゴーレム」という言葉を用いないことである』


 ユリエがゴーレムを創る時は、「汝、ゴーレムたれ」という詠唱を最後に必ず行う。そのようにゴーレムとしての形を定義しなければ、魂を縛ることができない。だがホムシミュラ・ゴーレムの場合は、それをしてはいけないという。それに代わってホムシミュラ・ゴーレムに対しては、術者が名前を与えること、とされている。

 どういうことだろうか。ゴーレムたれという呪文が、かえってゴーレムを人間ではないものとして位置付ける結果になるからだろうか。だが、ゴーレムという言葉を禁じられた場合、一体どうやって術者はゴーレムに縛りを与えるというのか。

 改めて精読することが必要に違いない。


 そのようにして数多の疑問を頭に浮かべながら、ユリエはざっと魔術書を読み進めた。

 続いて説明がなされているのは、そもそもどうして「人間らしい」見た目のゴーレムを創るのかという点。


『魂の形はモノの形に依るところが大きい』

 著者ロエヴは説く。

『身体と精神は不可分であるからだ。

人間の形をしたものには人間の魂が宿る。

出来上がったゴーレムが五体満足である必要は無いが、一目見て人間だと分かる姿でなければならない』


 更には、「人間らしさ」とは何なのかについて。


『人間の存在の意義は、あらかじめ定義されているものではない。そうなろうとして初めて、人間は人間たりうる。人間とは自らを定義することができる存在なのだ。人間らしくあろうとする者こそ、真の人間であるともいえる』


 うーん、とユリエは、本にかかった自分の髪を払い落とした。

 分からなくもないが、ちゃんと意味を取れているかどうか不安だ。自信がない。

 そもそも人間の真理というものを、こんなぼろぼろの本に綴られた言葉のみによって、正しく認識することが、果たして可能なのだろうか。言語による認識によって世界は成り立っていると説く学者もいたそうだが、果たして。


 ……こんな風に悩みながらの読書であったため、ざっとあらすじを把握するまでに六日はかかった。ここから更に独自の観点を織り交ぜつつ細かいところまで読んでいかねばならない。


 ユリエはフフッと一人で笑った。


 困難にぶち当たるのは嫌いではない。このような感覚は久々だから、とてもわくわくする。

 他人からは、本ばかり読んで根暗な奴だと思われていそうだが、別に構わない。何しろ、真理を探究するのはこんなにも楽しいのだから。


 翌日からユリエは『ゴーレム奥義書』の研究を熱心にやりだした。夜遅くまで電気を点けて読書をし(停電が起きない限りは)、翌朝には目の下に隈をこしらえて工場に現れる。ミシンでの縫い付けの作業中もゴーレムのことを考えては胡乱な表情をするようになったので、周りからはより一層、変な目で見られた。だがやはりユリエは周囲に興味を示さないままだったので、他人にどう思われているかは正直言ってどうでもよかった。


 ホムシミュラ・ゴーレムを実際に創るのはしばらくお預けだった。もし失敗して、人間のような人間でないような微妙なシロモノを作り上げてしまったら、それはとても怖いことのように思えたからだ。だから、魔術の実践には、本のことを一通り理解してから取り組んだ方が無難だと、ユリエは判断していた。


 そうして、魔術書に没頭する毎日が続き、気が付けば、本を手に入れてから数か月が経過していた。

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