第9話 質問
「私は魔術師の血筋なのよ」
ユリエは不貞腐れたように言った。
「魔術書を解読してゴーレムを作ったの。何か問題でも?」
「問題があるかどうかは分からないけどさ、これはすごいことだよ。どうして秘密にしてるんだい?」
「はあ?」
ユリエは呆れ返った。
「こんなもの、見つかって騒ぎになったら困るじゃない」
「そうかな?」
「そうよ」
「この技術を、誰かの役に立てたいとは思わないの?」
「誰かの……? 正気?」
「うん」
「いいえ、正気じゃないわ。頭がおかしいのね」
「そうかな?」
「そうよ! とにかく、私は私のため以外にゾラを使う気はないわ。そういうことだから、あなたも黙っていて頂戴」
「ふうん……色々と便利そうだけどなあ」
「知ったこっちゃないわ。どいて」
ユリエはアレシュを押しのけた。
「ゾラ、帰るわよ」
「はい」
ゾラは、アレシュに負けたのが不服なのか、一人でずっと空中に拳を食らわせていたが、ユリエがさっさと歩き出すと、おとなしくついてきた。そして、アレシュも懲りずについてきた。
「まあまあまあまあ。待ちなって」
「嫌よ。しつこいわね。この子のことはあんまり他人に話したくないのよ。分かる?」
「僕はゴーレムについてもっと知りたいなあ。分かるかい?」
「何で私があなたの知的好奇心の犠牲にならなくちゃいけないの。あっち行って」
「それはまあ、僕に見られたのが運の尽きってやつだよ」
「嫌だってば。すっごく迷惑!」
「ははは! 何だか新鮮だなあ。面白いなあ」
アレシュは急に変なことを言い出した。ユリエは無視して歩き続けていたが、アレシュは全く意にも介さずに言葉を続ける。
「無口な君がこんなに喋ってくれるなんて。いやあ、わくわくするね。新しく発覚した事実に、新しい君の側面。それに不思議なゴーレム少女! 僕は今とても楽しいよ。つまらない日々が突然豊かに彩られたような気持ちだ。それに、そうやって必死に隠されると、一層聞き出してみたくなるってものだよ。ははは!」
「……」
うわあ、とユリエは心の中で零した。
正直、気持ちが悪い。
アレシュのことを、ただの親切な先輩だと思っていたが、どうやら間違いだったらしい。
「おや、また無口な君に戻ってしまったかな? それはそれで面白いけど、僕としてはたくさん話してくれた方が嬉しいなあ! ねえ、ゴーレムは具体的にどうやって創るの? 頑張れば僕にも創れる? 材料は土? 土でできてるの? その子は怪我をしても平気そうだったけれど、どこまで平気なのかな? まあ、そう怒らずに教えておくれよ。気になっちゃう気になっちゃう!」
「……」
「あっ、ゾラちゃんに聞けばいいのかな? ゾラちゃん、君はどうやってできてるの? まるで人間そっくりだけど、どういう仕組み?」
「ゾラ、答えちゃ駄目」
「おや! やっと喋ってくれたね、ユリエ! どうだい、僕にも話すつもりになったかい? ……なってないか! でも、あんまり無視されると職場でもうっかり質問しちゃうだろうなあ。四六時中ゴーレムについて訊いちゃうだろうなあ。困ったな!」
「……っ、バラしたら密告するって言ったでしょう」
ユリエは立ち止まって睨んだが、アレシュはけろっとしていた。
「別に構わないよ」
「は……はあ?」
ユリエは異星人でも相手にしているかのような気持ちで言った。
「あなた、頭がおかしいどころじゃないわね……国家保安部が怖くないっていうの?」
「そりゃあ怖いけど、捕まったところで、僕には失うものもないからね」
「だって、どんな目に遭うか……」
「そんな不確定な未来の危険より、目の前の面白いものの方が、僕にとっては大事なんだよ」
「……えーっと、それは」
「うん?」
「国家保安部に捕まってでも、ゴーレムのことを知りたいってこと?」
「そうだよ」
「…………えーっと」
「うん」
「あなたがそんなに気の狂った命知らずの変態野郎だとは知らなかったわ……」
アレシュは「ははは!」と笑った。
「どうしたんだ。今日はやけに愉快じゃないか、ユリエ」
「どうしたんだはこっちの台詞だけれど……」
「で? ゴーレムってどうやって作るの?」
「……」
「ゴーレムってどうやって作るの!?」
「……」
「ねえねえ! ゴーレムってどうやって……」
「うるさいったら! 他人に聞こえたらどうするの!」
ユリエは長い髪を掻きむしった。
「あああ、もう! 教えるから黙っていなさいよ!」
「ヤッタアァ──!!」
「黙らっしゃい!!」
***
下手に周辺住人に聞かれたり、盗聴器に声を拾われたりしても困る。ユリエは道端や喫茶店の中ではなく、近くの公園まで行ってベンチに座った。隣にゾラを、テーブルを挟んだ反対側にアレシュを座らせる。ゾラはまだ、パンチの練習をしていた。
「僕はゾラちゃんの隣に座りたいな」
「駄目」
ユリエはゾラの肩を抱きかかえた。
「この子をあなたみたいな変態の隣には行かせられないわ」
「……ユリエ?」
ゾラが不思議そうにユリエを見上げる。
ユリエは嘆息してゾラから手を離すと、「一度しか言わないからそのつもりで」とアレシュに忠告した。
それからぼそぼそと説明を始めた。
「土と水で人形を作って、言葉で縛るのよ」
「ほう!」
「家に代々伝わる魔術書に創り方が書いてあるわ。言葉は古代ヘブリュイ語。神様に近い言語だって言われてるけど、私は無神論者だから知らない。とにかく書いてある通りに、呪文を書いた紙を埋め込んで、呪文を唱えて、あとはこう……魔力のようなものを流し込むと、姿が変わって、ゴーレムになる」
「魔力?」
「魔術師の血を引いていないとゴーレムは創れないと思うわ。残念だったわね」
「そっかあ……じゃあ僕が作って、世のため人のために役立てることはできないのか……」
「下らないことを企まないことね。……あなた、人の役に立ちたいとか思ってるの?」
「そりゃそうだよ」
「呆れた。私は、知りもしない他人なんかのために、人生を使いたくはないけれど」
「そっか」
「個人にできることなんて限られてるわ。私は私を幸せにするだけで手一杯」
「そういえば、ホムシミュラって何? さっきゾラちゃんが言ってたけど」
アレシュに訊かれて、ユリエは顔をしかめた。
「あなた、まだ知りたいことがあるの」
「うん」
「はあ……。『人間らしい』って意味よ。ご覧の通り、ゾラは人間の見た目をしているでしょう」
「じゃあ、人間らしくないゴーレムもいるのかい?」
「岩みたいにゴツゴツした見た目のものが一般的ね。ゾラは特別なの」
「それは凄いや! 一般的なゴーレムとは作り方が違うのかい?」
「……呪文が違うわね」
「どんな風に?」
「あなたに古代ヘブリュイ語を説明して、理解できるとは思わないけど……。そうね、何か秘密があるとすれば」
ユリエは呟くように言った。
「呪文の中で、『ゴーレム』という言葉を使ってはいけないらしかったわ」
「うん……?」
「他の呪文には、『汝、ゴーレムたれ』という文言が入っているのに、ホムシミュラ・ゴーレムの呪文にはそれがなかった……」
呪文はゴーレムの存在を縛る。ゴーレムを創るには、ゴーレムという言葉で生命の形を決める必要があるはずだった。なのに、偉大なるジュードの聖職者ロエヴの書いた『ゴーレム奥義書』にある呪文の文言には、「ホムシミュラ・ゴーレム」という言葉が使われていない。
以前から気になっていたことではあるが、何か意味があるのだろうか。
「おーい、ユリエ」
「……」
「もしもーし」
「……」
「うーん、非常に心残りだけど、どうやらこれ以上聞き出すのは難しそうだね」
アレシュは立ち上がった。
「また話せる時を楽しみにしているよ、ユリエ! その時はたくさん教えてくれよな」
「……ええ」
ユリエは適当に返事をしてしまった。考え事に没頭していたのだ。
ユリエが偶然見つけた、『ゴーレム奥義書』。
本来の持ち主の手を離れたそれを、一人で解読するのは困難を極めた。だから未だに、分からないことは多い。
(それでもゾラは生まれた。基本的なことは解読できたということなのだろうけれど……)
ユリエは『ゴーレム奥義書』を手に入れた時のことを、静かに思い出していた。
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