〇三
未来の両親は、彼の住んでいる清川屋台荘から徒歩で十分ほど離れた場所にあるメゾンタウンと呼ばれる集合団地に住んでいた。彼の独り暮らしには誰も反対はしなかった。むしろ勧めた方なのかもしれない。
(未来にはどうしても独り暮らしの経験が必要だ。世間の荒波にもまれるためにも…)
と、恐らく彼の父親はそう思っていたことだろう。
小学・中学・高校…考えてみればこの十六年間、人間関係・勉強・スポーツも、何でも上手くこなし、何の障害もなく育ってきた。それだけに、何でも自分の思い通りになるという大きな勘違いをし、社会の荒波を甘くみている。何の障害にも遭わないということは、時には自分自身の最大の欠点となり、いざ乗り越える時になす術が何もなくひどく追い詰められる。
しかし独り暮らしを始めてからも、未来は不思議と何ひとつ苦労を感じたことがなかった。
学校とアルバイトの両立、そして新たに加えた倶楽部活動―ラッシュ・ライフのはずなのだけれど、どれもこれも器用にこなし、別に何の障害もなかった。彼にしてみれば、まだ平凡すぎる毎日に思えていた。
考えてみれば生まれてから今日まで、何もかもがスムーズにいきすぎていたから悩んだことなんてなかった。まあ強いて言うならば、彼にとっての悩みごとは、過ぎゆく日々が平凡でつまらないことである。
…すぎるのはあまり良くない。器用すぎるのも、逆にいえば悩みの種になることがある。
妙子が怒ってこの部屋を出て行ってから一ヶ月、未来は彼女に会うことはなかった。
妙子が自分の前に現れない―それに対して未来は、別に動揺したりはしなかった。会えないからといって、別に調子が悪いこともないし、日々の生活に差し支えることもない。ましてや寂しさなんか全然感じなかった。
そんな中を、演劇部の活動で、未来は何の雑念もなく稽古に没頭していた。没頭はするけれども、それが本当にやりたい事なのかは、彼自身、まだわからない。…わからないけれども辞められない。
またやらずにいられないのが本音である。
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