第16話 業火にて裁かるる罪びと
「小山内さん!」
『顔なし女』はベッドから離れると、滑るような動きで俺の間に立った。
「お前は一体……」
屈みこんだ『顔なし女』の一つ目と俺の眼差しが一瞬、ぶつかった気がした。
『顔なし女』の目に、人を殺めたばかりとは思えない悲しみを見た次の瞬間、俺は魂を抜かれたように床の上に崩れた。
――くそっ、三度目の悲劇も防ぐことができなかった……
薄れゆく意識の中で俺が歯ぎしりしていると、突然、視界を黒く大きな人影がよぎるのが見えた。人影は『顔なし女』の前に立つと、細い首にゆっくりと両手をかけた。
――なんだ?
俺が訝っていると、『顔なし女』が「ぐっ」と呻いて床の上に崩れた。殺したのか?なぜ?疑問でいっぱいの俺をよそに人影は『顔なし女』の身体を仰向けにすると、小さな木の杭を取り出した。
――おい、やめろ!
俺が声にならない叫びを上げた直後、人影は思い切り木杭を『顔なし女』の胸に打ち込んだ。『顔なし女』は一度、身体をびくんと震わせるとそのまま動かなくなった。
『顔なし女』をあっさりと殺害した人影は、これで仕事は終わったとでもいうかのように踵を返し、俺の前から立ち去った。
なんてこった、僅かの間に目の前で二人も殺されちまった。俺が動かない身体をどうにかして動かそうともがいていると、目の前に信じがたい光景が出現した。杭を打ち込まれた『顔なし女』の身体が、青白い炎を放って燃え始めたのだ。
「ばかな……そんなことが」
驚いたことに『顔なし女』の身体は煙も上げず、あっという間に灰になっていった。これでは火災報知器も反応のしようがない。こんなことがあっていいのか。
俺は薄れてゆく意識の中で、これはもう刑事や探偵の領分を超えているな、と絶望的な思いに打ちのめされていた。
※
「ふうん……とても現実の出来事とは思えないわね」
俺の話を一通り聞き終えたほのかが、徒労感の滲む口調で言った。
「『コーディネイター』が実在することはわかったが、まさか変装に長けた人物とは思わなかった。まんまとしてやられたよ。おまけに新たに謎の人物まで現れた。さすがにこうなると、お手上げとしか言いようがない」
俺が両肩をすくめながらぼやくと、ほのかは「まだよ、あと一人残ってるわ」と頭を振った。確かにその通りだが、こう立て続けにオカルト紛いの出来事を見せられると、無力感しか湧いてこないというのが本音だった。
「君なら最後の悲劇をどうやって防ぐ?」
「そうね……『標的』の人がはっきりとわかっていたらの話だけど」
ほのかはそう前置きすると、思いのほか強い意志を感じさせる眼差しで俺を見た。
「二十四時間、監視し続ける以外にないわね」
※
「なるほど、それはご無念なことでしたね」
俺の話を一通り聞き終えた万象は、眉間に皺を刻みながら言った。
「それでそちらの収穫は、なにかあったかい」
俺が尋ねると、万象は「ありました。『ヴァンパイア・ピロー』を立ち上げた人物と、四人目の『顔なし女』の素性を突き止めました」
「なんだって?」
俺は万象の情報収集力に舌を巻いた。いったいどういうつてを持ってやがるんだ。
「サイトの主は不破里士という三十前後の男性です。塾講師か何かを経て、サイトの立ち上げ時は自宅でトレードなどをして生計を立てていようです」
「現在の消息は?」
「わかりません。古い情報をかき集めた結果、それだけがかろうじてわかったのです」
「じゃあ四人目の『顔なし女』は?」
「神村麻利亜という二十代後半の元女医です。学生時代、私の講義を受けていたのですが、メールの中で吸血鬼に言及することがしばしばあったのです。私の推理では彼女が四人目であることはほぼ、間違いありません」
「元女医か……その女性とはコンタクトがとれるのかい?」
「なんとか取ろうとしている最中です。契約の履行を思いとどまらせることができればよいのですが」
「最後の『標的』がまだわかっていないんだ。なんとかして居場所を見つけてくれないか」
「努力します」
万象の研究室を出た俺は、重いため息をついた。最後の大仕事だというのに、俺にはもう取るべき手だてが何もない。俺は無力感と屈辱で、思わず天を仰いだ。
※
驚くべき文面のメールが俺の元に届いたのは、万象の研究室を訪ねた二日後のことだった。送信者のところに表示されていた名は何と『コーディネイター』だった。
『最後の『標的』との契約を果たすことが決まりました。ついてはあなたに最後のチャンスを差し上げます。今から二時間以内にこの写真の場所にお越しください。お越し頂けなかった場合は、契約が速やかに履行されるものとご解釈下さい』
メールに添付されていた写真は、どこか郊外と思われる場所に立っている、年季が入った洋風の建物だった。別荘だろうか。いずれにせよこれだけの情報で指定された時間内に探し当てるのは相当な困難が予想された。だが。
――行くしかない。四人目の「標的」までみすみす殺されてしまったら、俺は刑事でも探偵でもない、ただの木偶の棒だ。
俺は写真を前に、ありとあらゆる連想を巡らせた。
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