第17話 四人目の女と悲劇の終わり
俺は受け取った写真を拡大すると、鑑識さながらの集中力で手がかりを探し始めた。
やがて、写真の端にゴルフか野球の練習場と思われるネットの一部が移っていることに気づき、『ゴルフ練習場・郊外』というキーワードで該当する施設を探した。
「あった。小牧ゴルフ練習場……すぐ近くにある薬品会社の保養所だな、この建物は」
俺は別荘風の建物の正体を突き止めると、車に飛びのってカーナビに情報を入力した。
「ここなら余裕で間に合うな。たのむぜ、ビンゴであってくれ」
俺は所用時間三十分程度の郊外に向けてアクセルを踏みこんだ。だが、十分後には俺はカーナビを切り、別の方向へと車を走らせていた。一応、ほのかに経過を報告しようとしたところ、電話にもメールにも応答がなかったのだ。
――まあ、あいつに限ってしくじりはないと思うが。
俺は一度しか行ったことのないほのかのアパートに立ち寄ることにしたのだった。
俺は学生街の外れにある年季の入った建物の前に車を停めると、オートロックじゃない事に感謝しつつ、ほのかの部屋を目指した。ドアの前に立ち、チャイムを鳴らしても反応はなく、俺は本能的にドアノブを動かした。するとドアはあっけなく開き、中の様子が露わになった。
「……なんだこりゃ」
入り口から覗くリビングの一部に、衣服や小物類がわざとばらまいたのかと思うような乱雑さで散らばっていたのだった。
「あいつは、どこだ?」
俺は不法侵入であることを自覚しつつ、部屋の中へ足を踏みいれた。室内は物取りに荒らされたようにめちゃめちゃになっていた。だが、俺はそれが本物の物取りの仕業でない事を直感していた。
「いくらなんでも散らかし方がでたらめすぎる。まるで事件があったことを知らせるためのデモンストレーションみたいだ」
そう呟いた直後、俺ははっとした。これは、俺に見せるための演出ではないか?
だとすると目的は一つ、この部屋は俺がやって来ることを見越したメッセージなのだ。
その時、しばし室内を眺めていた俺の目にあるものが映った。それはドレッサーの前に置かれた衣装の箱だった。空っぽの箱の中にはなぜかほのかの写真があり、写真には赤いマジックで一言『四人目』と書かれていた。
――まさか、最後の『標的』はほのかだというのか?
俺はほのかの部屋を飛びだすと、再び車に飛び乗りカーナビを操作した。畜生、ふざけた真似をしやがって。まるで見えない指揮者によって行動を操られているかのような不気味さを覚えつつ、俺は郊外の建物に向けて再びアクセルを踏みこんだ。
※
ゴルフ場のすぐ近くに『R製薬保養所』という看板を見つけた俺は、雑草が伸び放題の敷地に車を停めると目的の建物に近づいていった。
保養所の建物は写真と比べると外壁の傷みが目立ち、長い間人の手が入っていないことを窺わせた。
俺は重厚な扉の前に立つとチャイムを鳴らした。反応はなく、俺は無作法を承知で取っ手に手をかけた。扉は施錠されておらず、俺は「失礼するよ」と呟くと無人のロビーに足を踏み入れた。
周囲に気を配りながら進んでゆくうちにふと、柱の一つに貼られた張り紙が俺の目に留まった。張り紙には『二階の医務室へ』とワープロの素っ気ない字体で記され、俺は「医務室? 採血でもするつもりか?」と苦笑した。
階段を上がり、長い廊下を奥へと進んで行くとやがて『医務室』と書かれたドアが目の前に現れた。ドアをノックすると「どうぞ」と女性の声が返ってきた。
警戒しながらドアを開けた俺は中を覗きこんだ瞬間、思わず目を瞠った。
パーティションを背に椅子に座って俺を出迎えたのは、白衣を着た若い女性だった。
「君は……」
「お久しぶりです、木羽さん。……いえ、霧崎さん」
「なぜ俺の名を?」
俺が動揺を悟られぬよう押し殺した声で尋ねると、二十代後半と思しき女性は謎めいた微笑みを浮かべた。
「あなたと私は呪わしい運命で結ばれているのです。そしてあなたはそれを断ち切るためにここへやってきた」
「いったい、何の話だ」
俺が質すと、女性は「お知りになりたいですか?」と挑発的な笑みと共に問いを放った。
「ああ、知りたいな」
俺が返すと女性はやおら椅子から立ちあがり、幽霊のような動きで俺に近づいてきた。
「じゃあ、教えてあげる。そしてすべてを終わりにしましょう」
女性はいきなり俺の首に両腕を回すと、耳元で囁いた。俺が本能的に身を引こうとしかけた瞬間、首筋にちくりと小さな痛みが走った。
「私の名前は神村麻利亜」
「……四人目の『顔なし女』か?そいつがなぜ、俺のことをそんなに詳しく知っている?」
「知っているわ。だって、私はあなたの最後の『妻』だったんですもの」
「なんだって?」
俺が理解不能の言葉に戸惑っていると、急に全身から力が抜けて俺は膝から床に崩れた。
麻利亜は俺からすっと離れると、部屋の中央にあるパーティションを動かした。パーティションの向こう側を見た瞬間、俺は我が目を疑った。奥のベッドに横たえられていたのは、意識を失ったほのかだった。
「あなたは自分が悲劇を食い止めるつもりでいるんでしょうけど、実際は違うの。悲劇を食い止めるのは、私。あなたをここに呼んだのもそのためよ」
「君が俺を?俺をここに呼んだのは『コーディネイター』のはずだ」
必死で身体を動かそうとしている俺に、麻利亜は「違うの」と悲し気に頭を振った。
「『コーディネーター』何て人間は存在しないの。……いえ、私が『コーディネイター』を演じていた、と言った方がいいかしら」
麻利亜の告白は俺にとって到底、理解しがたいものだった。
「どういうことだ?『コーディネイター』が存在しないだと?」
「教えてあげる、あなたが今までにしてきたことを」
そう言うと、麻利亜はポケットからナイフを取り出した。その瞬間、俺の記憶のどこかで『スイートローズ』で一度だけ会った、希に化けていた『コーディネイター』の顔が甦った。『コーディネイター』の性別不明の顔は、どこか目の前の麻利亜と似ていたのだった。
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