第7話 眠れる探偵と逃げる標的
――不自然だ。……まさかあいつに何か?
俺は車を飛びだすと、表札も看板もないさびれたドアの向こうに飛びこんでいった。
準備中らしい店内に足を踏み入れた俺が目にしたのは、カウンターに突っ伏してぐったりしているほのかの姿だった。
「いったいどうしたんだ、これは」
俺が絶句すると、困惑顔の年配女性が「さっきまで話してたと思ったら、急に寝ちゃったの」と説明を始めた。
「話してた……誰とです?」
店主らしい女性は、突然やってきた中年男を不審がるでもなく、「いっちゃんと」と言った。
「いっちゃん?……それはもしかすると、青柳さんのことですが」
「あら、いっちゃんをご存じ?こちらの方は初めてだけど、なんだが気ぜわしく質問してたみたいで、寝ちゃった途端、いっちゃんは「あとをお願い」って出てっちゃったの」
「青柳さんは、ここの常連なんですか」
「そうねえ、一年くらいになるかしら。元々は別のお客さんのお連れだったんですけど」
「別のお客……その人は今も来てるんですか」
俺不躾と思いつつ、矢継ぎ早に問いを重ねた。
「いえ、最近は来てないわ。何でもいくつか会社を経営なさってる方みたい」
「ふうむ……気になるな。……おい、そろそろ起きてくれ。捜査を続けるぞ」
俺が声をかけて揺さぶると、ほのかは「ううん」と呻いてゆっくりと身を起こした。
「あ、木羽先生……」
「しっかりしてくれ。何があった?」
「あの人……青柳逸美さんに聞き込みをしてたら急に眠くなって」
「ふむ、なにか盛られたな。普段から睡眠薬の類を持ち歩いてるって事か。……行くぞ」
「どこへ?」
「彼女の自宅だよ。……今日は戻ってこないかもしれないがな」
俺がほのかを促して外に出た時だった。ふいに携帯が鳴り、表示を見た俺は目を瞠った。
「こりゃまた、意外なお相手だ。……よし、張り込みは中止だ」
「どうしたの?誰から?」
「この間の吸血鬼博士からだよ。話がしたいんだそうだ」
俺は車に乗り込むと、カーナビに大学の位置をインプットした。
※
「これが唯一、映像に残っている『顔なし女』らしき人物です」
万象はそう言うと、プロジェクターの再生ボタンを押した。研究室の壁に貼られたスクリーンに映し出されたのは、どこかのビルの一室だった。
奥に椅子にもたれ目を閉じている女性が、手前に別の女性らしきの背中が見えていた。
カメラがズームすると、奥の女性の胸のあたりが大写しになった。ピントがあった瞬間、万象は「これです」と言って再生を停止した。女性の胸にはナイフらしきものがつき立っており、出血こそ少ないものの絶命していることは明らかだった。
「これは犯行直後の映像……か?」
「その可能性が高いですね」
万象がそう言った瞬間、手前の人影が何の前触れもなくカメラの方を振り返った。
「あっ……」
半分ほど見えた顔は真っ白で、顔の片側に目らしきものが黒く見えるだけの『顔なし』だった。マスクだな、そう直感したものの見た目の異様さは想像以上だった。
「この映像は、いつ手に入れた?」
俺が尋ねると万象は「昨日の夜です」と言ってプロジェクターを止めた。
「私が独自に入手した、と言いたいところですが、実は何者かが私宛にデータを送ってきたのです」
「送ってきた?あんた宛に?」
「ええ。送り主の名は『死に導くもの』で、事件との関連性は不明です。しかし偶然、映像を入手したのでなければ、何らかのかかわりがある人物に違いありません」
「なるほど。犯人を告発したいのか、それとも『顔なし女』が自分で送ったか、だな」
「ここに『顔なし女』のうなじの部分を拡大した写真があります」
万象が再びプロジェクターのスイッチを入れると、静止画像が大写しになった。
「これは……」
映っていたのは、女性の首だった。白い肌の上に針で開けたような穴の跡が二つ、ならんで残っているのが見え、俺は思わず「なるほど、これが吸血鬼の牙の跡か」と呟いた。
「この写真の信ぴょう性は不明です。……が、私のところにわざわざ送ってきたということは、連続殺人事件と吸血鬼の関連性について知っている人物に違いありません」
「なんとかしてこの女の行方がつきとめられればいいんだが」
俺は万象に礼を述べると、大学のキャンパスを後にした。
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