第11話 デミ・オムライス

 あの日から一週間が経ち、土曜日。


 メールで待ち合わせ場所と時間を決めた僕達は、『同級生に見られるのが嫌だ』という僕の要望のもと、直接例の喫茶店で待ち合わせることにした。


 ランチの早い時間帯ならまだ人は少ないだろうと踏んで、ランチタイムが始まる十一時頃に入店する。


「ねぇ、そんなに人目が気になる?」


 ランチセット『デミグラスオムライス+お好きなドリンク+食後のデザート 千円』を二つマスターに頼み終えたところで、カスミさんが僕に尋ねた。


「え。気にならないの」


「私は別に。……信彦くんと一緒にいるところ誰かに見られても、『私の仲良しな人だよ』って紹介するから」


「……普通、そういうときって彼氏とか恋人とかって言わない?」


「私、その表現嫌いなの。彼氏とか恋人って、すぐにくっついたり別れたりするイメージあるから。そんな括りじゃなくても、私はこれからも信彦くんと一緒にいたい。……って言っても、彼氏とか恋人より下って意味じゃないよ」


 あれからメールでのやり取りを重ねたからか、僕らの関係からは敬語が消えていた。カスミさんの話し方からも、以前より親しくなった雰囲気が伺える。


「僕は……大切なものは、誰にも見せたくないと思ってしまうから。大切なことは誰にも話したくないし、大切な人との時間をどうでもいい奴らに邪魔されたくない」


「それって、私との時間を大切だと思ってくれてるってこと……だよね」


「──!?」


 僕みたいな人間は誰にも、殊更人間関係なんてものには執着しないのだと思っていたのに。


 彼女に代弁されて初めて、僕は自分がそう思っていたのだと気付かされる。


 『人は群れたがる生き物だ。数が多ければそれだけ多くのコロニーが生まれ、ありのごとく群れをなし、それぞれが好きなところへ向かっていく』


 ──僕も人間だった。誰かとの関係性を求め、その存在に執着する、人間だったのだ。


 ずっと記憶に縋り続けるばかりの毎日だった。それが今、カスミさんという確かな存在感とともに、目の前に座っている。


 『人間は嫌いだ。人混みの喧騒からはヘドロみたいな音声が垂れ流されて、鼓膜を不快に震わせてはまた生まれていく』


 ──僕は人間だ。そして、彼女も人間だ。ヒトはヒトとしか結び付けないのならば。……ヒト以外と結びつくことで、悲しみを生み出してしまうのならば。


 僕はこれからも人であり続けよう。あの希望が現実となったなら。……彼女とならば、僕は無機物にならなくても呼吸ができるはずだ。


「あのー、つかぬことをお伺いしますが」


「……はい?」


 脳内で巡る思考から、一気に現実へと引き戻される。

 僕らのテーブルの横に立っていたのは、常連の。先週も来ていたあの、白ひげをたたえたご老人だった。


「先週もあなた方、この店に来ておられましたね?」


「ええ」


「その時、一緒にいらっしゃった男の子は、あの後どうなったのですかね」


「「──え」」

 二人の声が、見事に重なった。

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