第12話 最終話 旋風は踊る

「いやね、あなた方のような若い学生さんに、子供がいないとも言い切れませんが。……しかし、お二人のお子さんにしてはそこそこの年に見えまして。四、五歳くらいですかねぇ? もしかしたら迷子なのかな? とか思って見ていても、お二人共ちっとも彼の方を見ないから。心配していたんですよ」


「その子供って、どこら辺にいたとか……」


「一緒にいらっしゃったのに、何を仰っているんです? ずっと……ここ、今私がいるこの場所で、立っていたじゃありませんか。」


 そう言って自分の足元を指し示す老人は、何を言っているんだというふうにキョトンとしている。……嘘ではなさそうだ。


 予想外のことに、目を大きく見開いたカスミさんと目が合う。

 アイコンタクトで『どうする?』と答えあぐねていると、カスミさんが冷静さを取り戻した声で言った。


「あぁ、あの子ですか。あの後、無事に母親の元へ送り届けましたよ。彼が座らずに立っていたのは、自分の意志です。座るように促したのですが、立っていると譲らなくて」


 怪しまれるか……? と薄めを開けて、ご老人の方を見る。

 彼は少々「うーむ」と思案顔をした。しかし最後には納得したように満足げな笑みを浮かべ、再びこちらを向く。


「いやね、それなら安心しました。お二人が良いお人で本当に良かった。それでは、お時間邪魔してすみませんでした」


 ──白髪の後ろ姿が会計を終えて店を出ていくまで、僕らはあのご老人から目を離せずにいた。


「カスミさんはヒナトのこと……見えてたの」


 ようやく姿が見えなくなったところで、カスミさんに質問する。


「えぇ、私には常にお兄ちゃんの姿が見えていたわ。けど……まさか、あの人にも見えていたなんて」


 驚きだよね、なんて話していたら、マスターが二人分のミルクティーと、メインのデミグラスオムライスを、トレイに乗せて運んできた。


 「ごゆっくりどうぞ」と言ってカウンターへ戻ったマスターは、再び店の奥へと入ってしまう。


「……それで、さっきの質問の答えは?」


 スプーンを取って食べようとした矢先、飛んできた言葉に静止した。


「『私との時間を大切だと思ってくれてるってこと?』の答え。まだ、もらってない」


 視線を上げると、目の前のカスミさんは珍しく、拗ねた表情をしていた。頬が少しだけ膨らんでいる。


「……かわいい」


「──え?」


「いや、あの、えっと、違う……くはないんだけど」


 咄嗟に出ていた言葉をまた口に戻そうと、両手で口を押さえたが、後の祭り。


「……うん」


 うろたえる高校生男子を前に、カスミさんは引いたりすることもなく、静かに相槌を打った。……もう、拗ねた表情はどこかへ引っ込んでいる。


「僕もキミと……これからも、仲良しでいたい」


 そう言葉にするのが精一杯で、つい俯いてしまう。顔が熱い。今自分の顔を鏡で見たらきっと、耳まで真っ赤に染まっていることだろう。


「……オムライス、食べよっか。冷めちゃう」


 チラリと見ると、彼女もまた、顔を赤くしてそっぽを向いていた。それこそ、耳まで赤い。


 僕らはその後、気恥ずかしさも相まって食べることに没頭した。


 オムライスは相変わらず絶品で、食後のデザートで出てきたパンナコッタもミルク感が強く、まろやかな味わい。大満足な食事だった。


「また、来ようよ。次は何かの記念にさ」


「──うん」


 当たり前のように『次』を話すカスミさんが、僕にはまだ眩しい。


 建物の外はまだ昼間の日差しに照らされていて、日向は汗をかきそうなほど暖かかった。


 まだ幼い兄妹きょうだいが、二人で手を繋いで母親の後ろをついていくのが見える。


 カスミさんとヒナトも、本来ならこんな感じだったのかなぁ、なんて思いながらぼんやり眺めていると。


「──あ」


 妹の手から子供用のボールが転がり落ちて、偶然にも僕らの方へ転がってくる。それを追いかけて兄が、こちらへ駆け寄ってきた。


「はい、どうぞ」


 カスミさんがボールを拾い、お兄ちゃんの方へそれを渡した時のこと。


「ありがとう、おねえちゃん!」


 その満面の笑みが、僕とグリコで遊ぶヒナトの表情と重なったように見えた。


 木々の間を吹く風が旋風つむじかぜのようにくるくると、僕らの周りを楽しそうに踊っていた。





 ──『さよならグリコ』終

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さよならグリコ たかなつぐ @896tsubasa

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