第6話 ヒナト

 ──だから……?


 さっき聞いた話では、もう既にヒナトくんは亡くなっているはず。その彼とどう遊ぶのか──


 ふと先程、カスミさんの雰囲気が変わったことを思い出す。そして、過去を語る彼女の視線が常に、話し相手である自分ではない、どこか虚空を見つめていたことも。


『──はじめまして、笹井クン』


 ……やっぱり。カスミさんが微笑みながら、僕の方を見る。でもその雰囲気は明らかに、これまで一緒にいた彼女のものではなくなっていた。


 ──彼が憑依したのだと、笹井は直感的に理解した。


「……はじめまして、ヒナトさん」


 思わずそう呼んでしまうほどに、は大人びていた。


 肉体は変わらないはずなのに、中身が変わるとここまで違うのか。

 流石、五歳にして村人達から家族を守る器量のある人だ。精神年齢などそこら辺はよく分からないが、同世代のする表情とは思えないほど、今のカスミからはなんとも言えない神秘性と、無条件に縋り付きたくなるようなオーラが放たれている。


 その確固とした存在感が、不意に二パァッと、幼子のように笑った。


『〈グリコ〉って遊び、覚えてる? この遊びをカスミに教えたの、ボクなんだ』


「──え?」


 それはおかしい。何故ならあの双撫村ふたなでむらでは、〈グリコ〉なんて遊びは流行らなかったからだ。


 あの村は情報が閉じている。テレビはなく、あるのはローカルなラジオ局と新聞くらい。


 知る方法があるとすれば、自分以外にも外部から来た子供がいて、その子がまだ『一人っ子とみなされていた』ヒナトに、教えた可能性。そのくらいなものだろう。


 他の子供達が知らないことを、ヒナトだけが知っている。そんな状況が伺えて、気づけば僕は疑問を口にしていた。


「……どうやって、その遊びを知ったんだ? 僕が村にいた時、グリコなんて遊びをしている子供は一人として見たことがない。そんな遊びを何故、五歳だった君がカスミに教えることができたんだ」


『五歳の時じゃない。カスミに教えたのは六歳の頃だ』


「六歳って、君は……」


『うん、死んでるね』


 何のことはないように言う彼に、僕の喉がひゅっと音を立てた。信じられない、という思いを、唾液とともに嚥下する。


『眠ってくれているカスミが起きるまで、あまり時間がない。だけど、兄としてキミに伝えておかなければならないことだ。──手短にすませよう』


 カスミさんの手を操り、ヒナトがこちらへ掌を向ける。そして優しく額に触れられると──触れたところから、衝撃を受けたように凄まじい勢いで、大量の記憶が流れ込んできた。


 それらは断片的すぎて、全てを解読することはできない。それでも解ったことは。


 ──カスミさんが今一緒に暮らす人たちは、赤の他人であるということ


 ──ヒナト死後これまでもカスミを常に見守っていて、しかしもうすぐ、消えてしまうこと


 ──遠くの人間と会話できる生前の能力は死後、自在にコントロールできるようになったこと


 ──グリコの遊びもカスミの現保護者も、ヒナトが能力を使って情報収集、波長の合う人間を探して呼び寄せたこと


「──ッ!」


 記憶の奔流が終わり、笹井はこめかみを押さえて座った体勢でうずくまった。……頭が、割れるように痛い。


『あぁ、ごめん。君には少し負荷が大きかったかな。でもこれくらいで倒れられちゃ困るよ。──だって、これから僕の代わりに、カスミを守ってもらわなきゃならないんだから』


 呆れるように言う反面、ヒナトは笹井の頭へ手を置くと、まるで子供にするように撫でた。


 ヒナトが死んでいるからか、それともカスミの素の体温なのか。ひやりと冷たい肌が髪を掻き分ける度、笹井の頭部から痛みが和らいでいく。


『さ、これで動けるでしょ』


「うん。……ありがとう」


『勘違いしないでほしいな。ボクは笹井クンと遊びたいから治すんだ。……さ、立って。ゴールはカスミの住むアパートへ続く小道。──あの細道を抜けたら見える、住宅街の手前までだ』


 ヒナトはそう言って、公園脇にある川に沿った砂利道を指さした。 

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