第5話 兄の献身
「『皆殺せ』って。──じゃあ、カスミさんはどうやって……」
「兄が、私を助けてくれたのよ」
そう呟くように言う彼女の視線は、何も無いはずの空中へ向けられていた。
「兄……ヒナトにはね、小さな頃から特別な力があった。どこか遠くの誰かと話をしたり、人ではない何かも見えてたみたい」
「……言い伝えにも『霊妖』って、出てきたけど。何か関係があるの」
「私は無いと思う。テレビなんかでも霊能力者とか、全員が本物かどうか分からないけど、少なからずそういった力を持った人はいるから。たまたま、兄にはそういう『第六感』的なものが強く備わっただけ。……けど、村の人達はそうは考えなかった」
「じゃあ喫茶店で、『村八分の原因は分からない』って言ったのは」
「嘘よ。久しぶりに会っただけの相手にわざわざ自分の過去開示するほど私、お人好しじゃないの。……でも、あなたは私を追いかけてくれた。──私、相当嬉しかったみたい」
これまでずっと強張っていたカスミさんの表情が、少しだけ、はにかむように綻んだ。
「ねぇ。……私のこと、もっと知りたい?」
悪戯好きの子供のような、それでいてこちらを試すような視線。その引力から目が離せなくて、僕は彼女の瞳を覗き込みながら、こう尋ね返す。
「僕なんかに……知ってほしいの」
「えぇ。──あなたになら、ね」
それが誓いだとでもいうように、カスミさんは僕の唇へ、そっと触れるだけのキスをした。
初めての口づけだったが、この時はそこまで取り乱さなかった。
恋だとか愛だとかとは違う、もっと別の意味を持った儀式的な行為であることを、二人共暗黙のうちに察していたからかもしれない。
初めての余韻に浸る間もなく、彼女は話し始めた。
「四歳の頃母が病で亡くなって、私の存在は五歳で村の人間に知られることになった。間もなく村の人達が私達の住む家に押しかけて、私とヒナトを連れて行こうとしたんだけど──」
『──動くな』
「ヒナトは私と、持病で体の不自由な父を庇うように立ってこう言った」
『僕には昔から、目に見えないものと会話する力がある。お前らが信じてる言い伝えにも、ヒトと霊妖の間に生まれた子には人間と違った特徴があったそうじゃないか。なら、その双子というのは僕のことだ。言い伝えにある双子が一つの人間として生まれたんだ。その証拠に、カスミには何の能力もない。──祓われるのは、僕だけで十分だ』
「当然村の人達は、たった五歳の子供の言葉なんて信じなくて。だから無理矢理二人共連れて行こうとしたんだけど──その時、奇跡が起きた」
「恐らくヒナトを
「……分からない」
「倒れていたのよ、ヒナトに鍬を振り下ろそうとした男が。しかも……全身に切り傷をつけて」
虚空を見つめて記憶を話すカスミは眉間に皺が寄って、まるで見えない細い糸を必死に手繰り寄せているように見える。
「見た感じ、血は出て無かった。ただ首とか腹とかも切れてて、痛みで失神したみたい。そんな事が起きたら、村の人達もヒナトの言うことを信じざるを得なくなって。……ハッタリかどうかは分からないけど、動揺する村の人々に兄は言っていた」
不意に、彼女の表情がガラリと変わる。女子高生の可憐な雰囲気から、重々しく、しかしどこか幼くなったような印象。それはまるで──別の人間が乗り移ったようだった。
カスミさんは言葉を続けた。
『その男の傷は、僕が風を操って斬りつけたものだ。いいか、もう一度言う。──父ちゃんと、妹に手を出すな。連れて行くのは僕だけにしろ。そうしなければ今度はお前ら全員、そこの男と同じく方法で切り裂く。温情で命だけは助けてやったが……次は、無い』
そこまで言って、フッとこちらを見る目と視線が混ざる。もう、最初に会った時の彼女に戻っていた。
「……それで、どうなったの」
「兄は私と父の知らないところで……殺された。一房の髪の毛だけが、家の前に和紙に包まれて置かれていた」
もう、とっくの前に受け入れていることなのだろう。今更彼女の目から涙が流れることはなかったが、──それでも、暗く濡れた感情が、空気を伝ってこちらに押し寄せてくる。
またもや何も言えない僕に、彼女は切り替えるように言った。
「これで私の過去の話はお終い。今日の最後に、お願いがあるの」
「……何?」
「兄──ヒナトお兄ちゃんが、笹井くんと遊びたいって。……最期だからって」
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