終戦
奇跡は起こるのだと、初めて身をもって痛感した。竜が炎を吐こうと首を反らす。俺は瞬時に後ろへ下がった。身軽さも、段違いだ。
「まさか…本当に……?」
勇者はいまだに信じられないようだった。
「ああ、そのようだ。神のいたずらという物なのかもしれない」
「……全く意味分かんねえ」
勇者はそう呟きながらも勢いよく竜の元へ走っていった。どうやら共闘は許されたらしい。とにかく今は竜の気を引くようにしよう。あくまで主役は本物の勇者だ。
想像通り、魔法は使えるらしい。目の前には赤い背がそびえ立っている。炎の魔法は効きにくそうだが、気を引くには充分な火力を出すつもりだ。手をかざし、その背向けて思い切り力を込める。ようやく思い出すことが出来た。この感触は、もう二度と味わうことが出来ないと思っていたのだが……。不思議なものだ。
手から打ち出された巨大な火の玉は爆音と共に竜の背に直撃した。想像通り余り効いていないようだ。傷一つ付いてない。竜はゆっくりと体を動かす。
「おい、尻尾の攻撃に気を付けろ!」
勇者が咄嗟に後ろに下がったのを確認した後、こちらを向く竜と対面する。さて、後はせいぜい時間稼ぎをさせてもらうとしよう。
一つ、さっきの魔法を打ち気付いたのは、幾ら炎が効かないとは言えども動きが多少は止まると言う点だ。鈍くなると言った方が正しいかも知れない。しかしあんな大きな魔法を連発することは出来ない。すぐバテてしまうだろう。そこで弱い魔法を連発するという策に出た。威力は弱いが、その分早さが出る。また竜などに問わず眼というのは戦うことに置いて非常に大事だ。これは確実な弱点と言えるだろう。だから眼を着実に狙っていくのだ。
竜は魔法の連発と弱点の集中攻撃に怯んでいる。あくまで倒すことを目的とはしない。とにかく注意を引き続けるのだ。勇者が打開策を見つけるその時まで。
すると竜は厄介な事に、丁度魔法を放とうとしている瞬間に火炎を吐いた。それも広範囲なあの赤熱ではなく、より手早く準備できるであろう火球を。熱い、と思う間も無く全身に痛みが広がった。ふと倒れそうになり、足で踏ん張る。考えが甘かった。竜も同じような事が出来るのか。しかし、あれは避けやすそうだ。この作戦で続けていこう。
眼に魔法を打ち続け、火球が放出されるとすぐ避ける。これを続けてかなり時間を潰した。勇者はいまだ観察を続けている。
「どうだ……!何か見つかったか!」
「いや……。まだだ、もう少し時間を……」
その時だった。竜は俺がほんの少し手を止めたその時を待ち続けていたかのように、尻尾で俺を思い切り、頭から打ち付けた。予想していなかった俺は、咄嗟に剣で防ごうとしたが、それも虚しく地に倒れ込む。何とかして起き上がろうとしたが、どうも衝撃で骨の数本折れたらしい。鋭く突く痛みが秒を負うごとに増えていく。仰向けになった俺の目の前には大きな足が見えていた踏み潰す気だ。力を振り絞り剣を握り、その憎たらしい足をぶっさしてやろうと試みた。足の裏に剣がぶすりと刺さっていく。固い鱗の感触から筋肉、骨と変わっていき、とうとう剣が折れてしまった。竜は怯むことなくここぞとばかりに俺を潰そうと重心をかけていく。駄目だ。流石に、死ぬ。
そう覚悟した瞬間、体にかかっていた重量がぱっと無くなったかのように感じた。竜は地団駄を踏み鳴らし、体を捻らし、悶えている。俺はその被害に会わないよう手だけで這いつくばり、遠くに逃げた。勇者の方を見る。その剣には赤い血の後が付いていた。どこかを切り伏せたのだ。今度は竜の方を観察してみる。何と尻尾の半分程度が無くなっている。何という怪力だろう。勇者はあの鉄ごときの剣で、しっかり骨の通った竜の尾を切断したのだ。時間を潰したかいがあったという物だ。最高の一撃を決めてくれた。勇者は竜が悶え続けているのを良いことに俺の方へ近寄ってきた。
「おい、大丈夫か?」
「……会話できる程度にはね」
実際口のなかは血塗れで、言葉を交わすことも辛い状況だったが、そんな事で気を遣わせる訳にもいかない。
「まだ竜は……死んでは…いないだろう?」
「安心しろ。見な」
勇者に上半身を起こされ、その現状を見た。
竜は俺たちに目もくれず、血をたらしながら山の方へ帰っていくではないか。
「弱点は背中にあった。きっと大昔の誰かが倒した時の名残だろう。切れ目があったんだ。だからお前を踏み潰す事に夢中になっているその時に、そこに飛びきり強い魔法を打ち付けてやったんだ」
勇者は自信ありげにそう話す。
「あ、あとその時何度も尾を打ち付けて来るもんだから、刃が当たるような方向にして剣を突き刺し、その繰り返しで切り倒したんだ。決して俺の力じゃねえよ」
勇者は肩をすくめてそう言った。結構余裕そうで安心した。
「……あー、じゃあ…一つ、願いがある」
「何だよ」
「すまないが……担いでくれないか。降ろす場所は……そうだな。君と、最初にあった場所だ」
勇者はため息をつきながらも手を引っ張り俺を担いだ。体を動かされると非常に痛んだが、もうそんな事を思うほど意識は保てていなかった。つまり……もう…。
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