不穏な空気
「すごい…」
いつきても感嘆の声を漏らさずにはいられない。なんと言うか、空気が違う。綺麗な花々や、色とりどりの家。皆が笑って日々を過ごしている。
「相変わらず騒がしいな、ここは」
マルセイが嫌そうに言う。確かにマルセイはここがあまり好きじゃなかった。
「あんたもそろそろ慣れたら良いのに」
「慣れるものか、こんな所」
マルセイはフード越しに耳を塞いだ。
「じゃあわざわざここに来なくっても……。私を適当な場所に置いてくならマルセイの祖国でも良かったんじゃない?私マルセイの祖国知らないけど」
「いや……。そもそも君の為に旅をしている訳じゃないから。ここに用があって来ているんだよ」
「この国に魔法は要らないはずだったけど……」
マルセイが慌てて指を口に当てて黙るように諭した。もしかして禁句でも言っちゃった?
「……よしてくれ、今そんなこと言うと本当に君をどこへやるか困ってしまう」
よく分からないが、とにかく魔法の必要不必要の発言は厳禁のようだ。それともとうとう魔法と言う言葉さえ発するのも規制されたり……?
「ともかく、今その話をするのは止めてくれ。また後で話そう。その事について僕は呼ばれたんだ」
マルセイはしばらく適当な道を歩いていたかと思うと、とある壁はさみの通路の途中で急に立ち止まった。
「わっ!ちょっと、急に立ち止まんないでくれる?びっくりするじゃない……」
マルセイは無視し横を見る。何?喧嘩でも売ってる訳?
「ねえ、おーい。無視?」
マルセイは聞こえないかの様な感じで前後左右を確認する。そして壁に寄り、手をつき、その瞬間スルリとその壁の中に入ってしまった。
「え!?ちょ、ちょっと待ってよ。置いてかないで……」
私がその壁をドンドンと叩いていると、壁は急に軟らかくなり、体がその壁に吸い込まれる。まるでドロリとした液体の中に身体中入っているかの様な、不気味な感覚に襲われて必死にもがいていると、誰かが私の手を引く。引かれるがままに引っ張られていると、引き上げられる様にその空間から抜け出した。そして目の前に広がるのは灰色の部屋と、大勢の人だかりだった。
――ドタン!
その音と共に私は床に叩き付けられた。
「いたた……。なんなのよこれ……!」
どうにも上手くいかず頭を掻いていると、手を握っていたマルセイがこう言った。
「いやー済まないね。君を置いていってしまって。この国で魔法を使うってのは一苦労なんだよ」
「まったくよ……。ところで、これ何の集まり?ちょっと、気味が悪いんだけど」
同じような服装をした男女が大勢座っている。
「この人たちは、この国に魔法を取り入れる制度に賛成の人たちだ、基本的に魔道師が多いけど、一般市民も交じっている」
「ちょっと待って、話が読めないわ。この国は魔法が禁止されているはずじゃ……」
「その通り。だからそんな制度は要らないと言う人たちが集まり、その制度の撤廃を申し立てようと言う集団だ。ちなみに創設者は僕だよ」
誇らしげにマルセイが言う。でも何でこの国にいる必要があるわけ?別の国に行けば良い話じゃ……。
「カレロナ。『じゃあ別の国に行けば良い』って思ってるね?」
「う……ま、まあ。多少は」
何でこうも本心がバレやすいの?もしかして自分が思うより私って結構単純?。
「それじゃダメなんだ。この国には魔法がないといけない理由がある」
「それって……?」
マルセイは座り、姿勢を正して話し始めた。
「まずこの国には昔からある伝説が言い伝えられている」
懐から一枚の紙を広げ、私に見せた。
「これって……。ドラゴン?」
赤い鱗、尖った背。長い尻尾に大きな口。その口からは炎も出ている。間違いなく物語にも出てくるドラゴンだ。
「そう。この国はかつて龍が眠る聖なる土地として崇められていた神聖な土地なんだ。しかしそこに街や人を住ませ、その神聖な土地を荒らした。でも、だからといってドラゴンが怒る訳ではない。怒るのはその土地を大事にしてきたものたちだけだ」
何人か頷く者も居る。きっと彼らがそうなのだろう。
「問題なのは、ドラゴンが目覚め、この街を荒らしてしまう事だ。被害は甚大だし、さらにここでは魔法が使えない。復旧にも時間がかかるし、何よりドラゴンを弱体化出来る術がない」
確かにドラゴンは周期的に目を覚ますと言うのは、物語でも定番の設定だ。
「……ねえ。けど、それって単なる噂なんじゃないの?」
辺りが一斉に私の顔を見る。
「え、あ、いや……何か?」
「あー、えっと。この人は何も知らないんだ。許してくれ」
え?何?これも禁句?
「カレロナ。君はここを訪れたのは大分前だからまだなかったのだけれど、今ドラゴンが眠りから覚めようとしているんだ。その証拠に……ほら、そろそろ来る…!」
突然地鳴りがし始め、地面がグラグラと大きく揺れる。床に手をつけないと倒れ込んでしまいそうだ。そして揺れは小さくなっていき、また静かになる。
「これが一日に何回も起きる。もうそろそろだ。もう時間がないんだ。もうしばらくすると、この地鳴りの後、きっとドラゴンのけたたましい鳴き声が聞こえるだろう」
辺りの空気が慄然とする。その事実を知ると、さっきの和やかな空気が、不意に恐ろしく感じるのだった。
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