掃き溜め
暗く、長く続く道を歩いていた。手元のランタンでもう一方の手を照らすと、手は煤がついていて黒くなっていた。その様子であればきっと顔も同じような状態なのだろう。
長い沈黙が続いている。下手に声や音を立てると誰かに気付かれてしまうからだ。三人分の足音がやたらと響き、今はそれにも気を使っている状況となる。そして緩かなカーブを過ぎ、また真っ直ぐに道を歩くと、ようやく光が見えた。三人で顔を見合せ、気持ち早めにそこに向かう。この先がゴミの掃き溜めの様な場所である事を知っていながら。
「ここは……またなんて酷い……」
マルセイが途中で言葉を濁した。しかしよく分かる。上から見下ろしたこの国は何とも汚く、醜かった。遥か遠い地平を眺めようにも、そびえる家々が邪魔をする。その家々は煤と落書きで埋め尽くされている。空気さえも黒く、それがまるでこの国を表しているようにも見えた。
「まずはここから離れないと、怪しまれちゃうわ」
「そうだな…とりあえず下に降りよう」
下る所々ゴミや衣服や武器など、それも全て使い物にならなさそうな物が落ちていた。要らなくなった物はすぐ捨てるのがこの国での常識の様だ。下に降りると、緑や大地は一切見当たらず、汚い煉瓦張りの床と、詰めに詰めて建てられた家の群が一面を覆った。空はまるで黒く、本来の空色はうっすらと見える程度だった。
「早く行こう。実は知り合いが居てね、ここに来たのもそいつに会うためなんだ」
マルセイが道を指差しながらいそいそと歩いた。しかし、こんな所に住み続ける人間が居るとは、驚いた。
「こんな所に住んでるの? まともな人間?」
カレロナは布で口を覆っていた。余程空気が嫌なのだろう。カレロナの問いに、マルセイは苦笑していた。
「ははっ。確かにまともじゃないかもね。なんせわざわざここに引っ越して魔道の研究をしてるんだ。僕には到底、真似出来ないよ」
細い路地を小走りに突き抜け、複雑な道も迷いなく歩く。道を完璧に知っている、という様子では無さそうだ。まるで何かから逃げるように、とでも言った方が似合っている。一体何から逃げて――。
その時だった。
「おい、止まれよ」
低く淀んだ声で放たれた言葉は、俺たちの歩みを止めるのに充分だった。マルセイは頭を押さえため息を付いている。なるほど、
「ここは俺たちの縄張りな訳よ。何勝手に入ってんだ? なあ!」
こう言う事か。声を荒げ男が近づいてくる。幸い一人だ。撒けるかも知れない。
「マルセイ、撒くか?」
「ああ、逃げよう」
俺たちは急に走りだした。あの男は「おい!」と言いながらも、大分離れると追う事はしなかった。きっとまた別の『縄張り』があるんだろう。
「やれやれ、早く着いた方が良いんじゃないか?その知り合いの家にさ」
マルセイにそう言うと、彼は少し笑ってこう言った。
「いや、もう着いてる筈さ。そうだろう?フォクス」
マルセイが壁に話し掛けたかと思うと、どこからか声が聞こえた。
「……入れ」
しゃがれた声でそのフォクスらしき者が言うと、隣の壁の一部が消え、ドアが現れた。俺やカレロナは戸惑ったが、マルセイは至って平気そうに、ドアを開け入った。
「こう言う奴なんだ。面白いだろう?」
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