不気味な魔道師 フォクス
「久しぶりじゃないか、マルセイ。三年前にかけた魔法は機能したようだな」
「ああ、そのようだよ。憎たらしいことにね」
一面灰色の壁に覆われたその部屋は、やけに閉塞感があった。その部屋の奥に怪しく佇む男は深くフードを被り、口だけを見せて語りかける。マルセイは気兼ねなく話しているが、俺は実際居づらいし、カレロナもやや戸惑っている様子だ。この部屋全体がまるであの男、そう――。
「フォクス」
喉から出た声とは思えないほど深く、崩れた声だった。
「そうお呼び下さい。この世を治めた、英雄様」
「あ、ああ…分かった……」
『英雄様』その言い方は少し棘があって、そして俺を見据え言った。見えていない筈のその目を向けて。
「なあ、フォクス。さっき言った魔法ってのは一体何なんだ?」
「…………。ああ、マルセイにかけた魔法の事でございますね?あれは……」
「……その言い方は何とかならないのか?」
「…………そうですか。分かりました」
なんなんだ。この男は。何かが噛み合わない。一回一回の会話にリズムがなく、どこか掴めない。それでいて物凄い存在感を放っているから不気味だ。
「では、もう一度。マルセイにかけた魔法は、三年前にお遊びでしたものです」
「…………」
え?そこで終わるのか?
「……フォクス。ディスペアはどんな魔法なのかを聞いているんだ」
「ああ、そう言う……」
いや普通分かるところなのだが。
「失礼。この魔法は『尋ね人』と言う魔法です。魔法にかけられた人は、今早急に尋ねたい人の元へ必ず歩みを進めてしまう。気付かぬ間に、自然とね。…私が作ったんですよ」
少し自信ありげに話した。しかし口元は一切綻ばず、常に淡々としている。分かるような分からないような性格だな。これ以上何か訪ねても疲れるだけのような気もする。気になるところは多いが、今は無視しよう。
フォクスは顔の向きを変え、カレロナの方に視線を向けた。
「……ところで、そこに居る女方。名をお聞きになっても?」
「わ、私?私はカレロナっていって……」
「カレロナ…カレロナ……。ああ! 勇者の御仲間ですか? 安心しました。顔色が悪い様ですから、他人でも入ってきたのかと」
他人であればどうするのだろう……。いや、マイナスなイメージを持ってはいけないか。
「ところでマルセイ。話は変わって、何の用だ?急速な用事か?また魔王が?」
やたらと口調が変わるな…。それでいて声に抑揚はないし、音読の様な堅苦しさがいやに頭に残る。話す内容も、理解しがたい。
「いや違う。お前の好きな展開はもう来ないだろうさ」
フォクスは軽く舌打ちの様な音を立て、マルセイの話を聞いた。
「まあ、とある理由でロヘニアに行きたい。だからここを通っているのだが、何かとここは危険だろう?何か役立つ魔法はあるか?」
「ロヘニア、ロヘニアと言うとあの豊かな国だな?そこは故郷だ。くだらない、大した国じゃないさ」
何かにつけて複雑な奴だ。何を意図として言っているか読み取れない。
「それは魔法が必要な君の意見だろ?本来は魔法は危険の象徴だからな」
マルセイが俺たちに説明をするように言ってくれた。なるほど、魔道師はそんな悩みも持っているのか。
「ふふ、だからここは使いやすい。なんと言ったって無法地帯だ。この『隠れ家』の魔法さえあれば、あの見るに耐えない奴等を実験台に出来る。だから引っ越したんだ」
……何だって?
「お前は相変わらずそんな事を……」
「それでも世話になるのがお前だ。良いだろう、飛びきりの魔法を教えよう……」
人の命を、こいつは、一体何だと思っているんだ…?
「おい」
自然に口から飛んで出た。
「……何か?ございましたか?英雄様」
「マルセイ。こんな奴に助けを乞う必要はない。こいつは人の命を何とも思わない奴だ」
沈黙の後、誰の助言も要らず、ようやく意味を理解したらしい。フォクスは異常な笑い声を上げた。
「ははははははははは!あいつらを、人と!?言うものがまだ居るのですか!?」
体制を変えず、口だけが異様に開く。
「ふざけるなよ…」
「おい!やめろディスペア!今はこいつだけが――
「ああ!怒らないで下さいディスペア様!とても信じられなくて…」
「ゴミを必要とする素晴らしい信条が、ね」
フォクスは不気味に口角を上げ笑い続けた。声が反響して呪文の様に聞こえる。気味が悪いその声を聞くだけで、ここから今すぐにも出ていきたい気分だ…!
「ははは……もうお帰りになられますか?どうぞ!出口はあちらです!」
背後に扉が現れ、パカリと開く、俺はそこから突き飛ばされる様に外へ出されてしまった。
「あ、待って!ディスペア!」
最悪だ。この状況も。今の気分も。俺は一心不乱に走り抜けた。
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