第7話 次元回廊 その二



 ティンダロスの王——

 その姿を龍郎が見るのは初めてだ。前回、とがった時間に迷いこんだときは、猟犬しか遭遇しなかった。


 しかし、ティンダロスの猟犬は奉仕者だ。猟犬たちの仕える王がいることは想像できた。

 それが、この巨大な生物なのか。


 大きさはティンダロスの猟犬の十倍以上。体高五メートルのマルコシアスですら、子犬に見えてしまう。


 大きく裂けた口を持つ、四つ足の生き物だ。だが、やはり、それもとがった世界の形態で、丸く歪曲した線はどこにもない。直線だけでできている。


 少し狼に似ていなくもないが、ハリネズミのような針がいたるところからとびだしている。頭は三つ。首の上に一つ、背中に一つ、腹に一つ。目玉が三つの頭部にビッシリついている。複眼だ。


 ティンダロスの住人はまがった時間の生物を憎悪している。ティンダロスの王も例外ではなかった。龍郎を見る赤い複眼に憎しみが満ちている。理由などないのだろう。自分とは異なる存在が、ただ憎いのだ。


 ティンダロスの王が雄叫びをあげながら突進してくる。ガチガチと三つの頭部の口が三角錐さんかくすいの牙をかみあわせ、粘着質なヨダレをたらした。


 巨体のくせに動きが速い。

 マルコシアスは飛んでよけたものの、王は跳躍して空中まで追いすがる。きわどいところで、ティンダロスの王の牙がマルコシアスの足をかすめた。

 なにしろ三つの頭が複眼で覆われているから、どの角度に逃げても的確に追ってくる。死角がない。


 龍郎は浄化の弾を立て続けに放った。的が巨大なので、そのたびにどこかしらには命中する。が、効いているようすがない。ティンダロスの王の皮膚は装甲のようだ。浄化の弾がはねかえされている。


「しかたない。マルコシアス、できるだけ低く、ヤツに近づけるか?」

「やってみる」


 ティンダロスの王は素早い。とは言え、マルコシアスのほうがスピードでは勝っていた。三つの頭部でのかみつきと、長ヤリ状の脚部の攻撃をかわしながら、ティンダロスの王に接近する。人間に決死で近づいていく蚊になった気分だ。


 ガチン! ガチン!


 目の前でかみあわさる巨大な口を見ながら、切りつける。首すじをなでた。が、鋼のような皮膚には、まったく傷もつかない。


(ダメだ。これじゃ、戦闘にならない)


 逃げるしかない。倒す必要はないのだ。この場をしのぎ、青蘭のもとへたどりつくことさえできればいい。


「マルコシアス。コイツをふりきることができるか?」

「ムリだな。さっきから、まがった時間を探しているんだが、どこにも出口がない。おそらく、コイツが封じている。我々をとがった時間に閉じこめているんだ」


 では、必ず倒さなければさきへ進めないということか。


(どうする? どこかに刃の通る場所はないか?)


 考えていたときだ。

 天井がとつぜん、くずれた。黄色いものが視界をサッとよぎる。その瞬間、ティンダロスの王がかん高い悲鳴をあげた。複眼の一つがつぶれ、青黒い液体があふれている。


「目だ! ヤツの弱点は目玉なんだ。マルコシアス、頼む!」

「了解」


 マルコシアスが旋回しつつ、ティンダロスの王の頭部に接近する。龍郎は腕を伸ばし、複眼の一つに剣をつきさした。そのまま、よこになぎはらう。複数の目玉がつぶれる。眼球だけはやわらかいのだ。


「マルコシアス、このまま旋回してくれ!」


 剣を刺したまま、頭部の周囲を何周もすると、ティンダロスの王はもだえ苦しんだ。その場によこだおしになる。


 一つめの頭。二つめの頭。三つめの頭。ことごとく目玉をつぶす。

 すると、眼球のなくなったあとの頭部に深々と刃がつきとおる。

 ティンダロスの王は浄化され、粉々にくだけた。


「よくやった。さすがに星の戦士だ」


 声が降ってくる。

 見れば、天井あたりに黄色い衣をまとい、王冠をかぶった老人がいる。その顔はどう見てもガイコツだ。ミイラのようにひからびた高齢者である。

 さっき、最初にティンダロスの王を攻撃して、龍郎に弱点を教えてくれたのは彼のようだ。


「あなたは?」

「余はハスターと呼ばれておる。まあ、いわゆる邪神だ」

「邪神がなぜ、おれを助けてくれたのですか?」

「そちがクトゥルフを倒したからな。余はアイツとはどうもがあわんで。増えよう増えようとしよるところが、どうにも気色悪いんじゃ」


 龍郎は苦笑した。

 これは邪神なりのブラックジョークだろうか?

 まあいい。力を貸してくれると言うのだから、ありがたく協力してもらおう。今だけの関係かもしれないが、それはそれでいい。


「余は風の王だ。風は渡るもの。余についてまいれ。目的の場所までつれていってやろうぞ」

「ありがとうございます」


 ハスターを水先案内にして、龍郎たちは次元の回廊を進んだ。おかげで、そのあとはティンダロスの猟犬に追われることもなく、すんなりと進む。


「さあ、余はここまでだ。ここよりさきは、そなたしだいじゃな。ナイアルラトホテップやシュブ=ニグラスは、そなたに賭けておるようじゃ。余は滅するのもまた運命と存ずる。そなたが成しとげるならば、それもまた運命。ではな」


 黄衣の老人は風のように姿を消した。


 景色はさきほどまでと、あまり変わったようすがない。黒瑪瑙の城のなかだ。

 それでも、ハッキリと感じる。この奥に何かがいる。強大な力を有する者たちがつどっている。


 アザトースの城の本殿へ、ついに来た。




 了

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