第5話 天使殺し その五
ガブリエルは蒼白のおもてで周囲を見まわす。
「私? たしかに出生記録の係をしていたことはあった。でも、それがなんだと? 私がルシフェルの生まれ変わりを知っていることと、ミカエルの死に、なんの関係が?」
声がふるえ、そうとうにうろたえている。
龍郎はそれを物悲しい気持ちで見つめた。
「ガブリエル。おれが前世でふりかえったときに見たのは君だ。君はおれを……ミカエルをつがいになりたい相手だと思っていたと言った。でも、それはほんとのことじゃないんだろ? 君がほんとにつがいになりたかったのは、おれではなく、兄のルシフェルのほうなんだ」
ガブリエルはさらにうろたえた。落ちつかないようすで八の字を描きながら、同じところをグルグル歩きまわる。
「……それは、いつのこと? たしかに、私たち四大天使が新しい命として生まれたとき、君はまだいなかった。君はパラサイターだから、そのあとの転生のとき、ルシフェルの卵のなかに宿ったのだからね。君が生まれる前には、ルシフェルをつがいにしたいと思っていたよ。でも、それは君が生まれる前までのことだ。そのあとはずっと……」
「それは、おれがルシフェルの能力を吸いとったからだ。ルシフェルの熾天使の力を。ルシフェルはそれを嘆いて神に反旗をひるがえした。案外、ルシフェルも君をつがいの相手に……と望んでいたのかもしれない」
補足するように、ウリエルがつふやく。
「ミカエルが生まれてくるまでは、ルシフェルが四大天使の一柱だった」
「そう。パラサイターがじっさい、なんなのかはよくわからない。ただ身体的には宿った卵のもともとのぬしの遺伝子を複製してるようだ。容姿が酷似してるのは、そのせいだろう。魂は別物みたいだが、肉体的には同一のものなんだ」
ミカエルがアスモデウスに惹かれたのは、案外、おたがいにパラサイターだからだったからなのかもしれない。パラサイター同士は、より強く惹かれあう……。
「ガブリエルはだから、生まれ変わり、別の姿になったルシフェルを見て、かつて愛した者の現在の境遇に同情と哀れみをいだいた。以前のような力を持たせてあげたいと思った。だから、ミカエルから心臓を奪い、それをルシフェルに与えようとした。同様に殺されたほかの複数の天使の心臓とともに」
叫んだのは、ラファエルだ。
「そんなバカなことがあるか!」
ラファエルにとっては許容しがたい事実だろう。自分の愛した者がそれほどの大罪を犯しているなんて。龍郎につかみかかってきそうな勢いだ。
「でも、おれが見たのはガブリエルだ。動機がわからなかったんだが、そうとしか考えられない。天使の心臓は体からとりだすと結晶化する。青い心臓は苦痛の玉に。赤い心臓は快楽の玉に。その二つをあわせれば転生のための命の玉になる。たくさん集めた玉を一度に使って、次の転生のときに、より強い天使になろうってことじゃないのか? ルシフェルをもとの熾天使にしてやりたかった。そうなんだろ? ガブリエル」
ガブリエルは泣きそうな目で龍郎をながめ、両手を組みあわせている。祈るようなポーズを天使の彼がとると、なんだか宗教画みたいだ。
だからと言って事実は変わらない。
ガブリエルは必死に訴える。
「ミカエル。君に信じてもらえないのはツライ。ほんとに私は君を愛している。ルシフェルのことはもう過去だ」
龍郎だって、彼の気持ちを疑いたくなどなかった。
これまでずっとガブリエルは力を貸してくれていたし、信頼していた。想いに応えることはできないが、大切な仲間だと……友だと思っていた。
ガブリエルの左右の色の違う瞳から、コロコロと水晶がこぼれおちてくる。アスモデウスにそっくりなおもてで泣かれると、その涙は胸につきささった。
「ミカエル……君がアスモデウスを選んだのは、しかたない。私はかつての力を失ってしまった。君の心をつなぎとめておくすべがない。でも、私の想いを信じてもらえないのなら——」
そう言って、ガブリエルは剣をぬいた。自身の胸に切先をあてる。
「死んだほうがマシだ!」
「やめろッ! ガブリエル!」
「ガブリエルッ!」
龍郎とラファエルが同時に叫び、とびつく。だが、どう考えても、ガブリエルのほうが速い。
龍郎は証明しろと言われたからそうしたまでで、ガブリエルを責める気はなかった。天使殺しが天界で罪になるのかどうかは知らないが、少なくとも自分は今もこうして生きている。いや、むしろ、人として青蘭と出会えたことに感謝さえしている。
だから、ガブリエルを自害させるつもりなど毛頭なかったのだ。
しかし、ありがたいことに、そこは神の御前だった。チャラいだけの神様かと思っていたが、そうではなかった。
ノーデンスがトンと杖のさきで床を叩くだけで、ガブリエルの動きが止まる。ガブリエルは硬直し、目だけを動かして周囲をうかがっている。
「まあまあ、待ちなさい。若いもんは、せっかちでいかん。ミカエルよ。そなた、ほんとに殺害のとき、ガブリエルを見たのだな?」
「はい……残念ながら」
それは確実だ。天界の夜空には人間界より遥かに大きな月が三つもかかっていた。それらが
「では、ガブリエル。そなた、ミカエルが殺されたとき、その場にいたのかね?」
神に問われ、ガブリエルは答える。問われた返事のみには声を発することができるらしい。
「私はミカエルがどこへ行くのか気になって、あとをついていっただけです」
「そのとき、誰かを見たかね?」
「いいえ。ミカエルの足が速く、追いつけなくて。声が聞こえたので行ってみたら、そのときには、ミカエルの胸に剣が……」
龍郎はだんだん、わけがわからなくなってきた。ガブリエルの言いぶんは、どうも嘘のように思えない。
だとしたら、ミカエルを殺したのは、誰だというのか?
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