第5話 天使殺し その六
「お待ちください。神よ。でも、おれは門番に『おれを殺したのはガブリエルだ』と告げました。メタトロンとサンダルフォンはそれを認めて、天界の門を通してくれたのです」
「うむ。真意を聞いてみるがよかろう。これ、メタトロン。サンダルフォン」
神が呼びかけると、双子の天使が答えてきた。建物のなかなので姿は見えないが、声が聞こえる。
——はい。わが神さま。
——お呼びでございましょうか?
「そなたら、ミカエルを殺したのは誰かという答えに『ガブリエル』と言われて門を通したな。しかし、ガブリエルは自分が殺したわけではないと申したてておる。どうしたわけじゃ?」
——偉大なる神よ。
——ミカエルが見たのは、ガブリエルだからでございます。ミカエルは自身を殺した者を、ガブリエルと信じておりますでしょう。
龍郎はうなった。
つまり、答えは間違っている。しかし、ミカエルにはそう見えていたから、ミカエルの転生であるという証を立てるためには正解だった、というわけだ。
「……じゃあ、おれを殺したのは、ガブリエルじゃないのか?」
——違う。
——違うな。
それじゃもう、誰が犯人なのか、さっぱりわからない。
龍郎が呆然としていると、ガブリエルが泣きくずれた。ノーデンスの緊縛がとけたようだ。すぐにラファエルがかけより、その肩を抱いた。
「……すまない。ガブリエル。疑ってしまって」
謝罪する龍郎を、ガブリエルは責めはしないものの、雄弁な目で見ている。
これでは龍郎は、ガブリエルをふったばかりか、その気持ちまでふみにじったことになる。これはまことに申しわけない。
「でも、あのとき、すぐうしろに立っていたのは、ガブリエルだけだった。それに、ルシフェルの生まれ変わりが誰なのか知っていたのは、ガブリエルだけで……」
すると、穂村が割りこんできた。
「本柳くん。そもそも、なんで、ルシフェルが転生したことが君の死に関係していると思ったのだね?」
「多くの天使の心臓を集める理由が、ほかにないからです。誰かが次の転生のエネルギーにするために収集しているに違いないと。そう考えると、それをしそうなのは、失った力をとりもどそうとする者でしょう? ただ殺すだけなら、心臓をえぐりだす必要などないわけですし」
「うむ。正論だな」
「その上で、おれが最後に狙われたのは、魔力をたくさん吸収した心臓という以上に、もともと、おれに力を奪われたルシフェルだから、どうしても、その自分の力を奪いかえしたかったという論理です。間違っていますか?」
「いや、間違ってはいない」
「ただ、おれに背後から呼びかけてきた声は、聞きなれたものでした。ごく親しい相手です。だから、四大天使のなかの誰かがルシフェルに協力していると考えられます」
「うん。あっぱれ。よくできた」
ということは、龍郎の推理は正しい。ただ、名ざしした犯人が異なっていただけだ。
いたわるようにガブリエルの背中をさすってやっていたラファエルが、考え考え言う。
「そう言えば、ルシフェルには堕天する前、つがいの誓いをかわした相手がいたはず。誰なのかは聞かなかったが」
ぼそりと、ガブリエルがつぶやいた。
「ウリエルだ」
ウリエルは両ひざをついて拝する姿勢から、ようやく立ちあがる。口の端をきつくひきむすび、硬い表情を浮かべていた。
龍郎はいつでも手の内に退魔の剣を呼びだせるよう身がまえる。
「ウリエル。おれを殺したのは、君か?」
ウリエルは
だが、その目のなかに異様な光を帯びている。淡いブラウンの瞳が、獣のように赤く燃える。
「ルシフェル! わたしの心臓を使って!」
ウリエルが叫んだときには、すでに彼女の剣が自身の胸をつらぬいていた。ウリエルがその剣をひきぬくと、刃につきささったまま、赤い色の心臓がひきずりだされる。天使の体内から出ると、それはすぐにも結晶化した。コロコロと快楽の玉が床にころがる。
犯人はウリエルだった。
ルシフェルのために力を持つ心臓を集めていた。
龍郎の推理はほぼ当たっていたが、肝心のところだけ間違っていた。
しかし、それよりも恐ろしいのは、ウリエルの最期の言葉だ。彼女は今、ハッキリと言った。「ルシフェル、わたしの心臓を使って」と。
それは要するに、この場所にルシフェルがいるということ……。
ラファエルが決めつける。
「シャムシエル! おまえがルシフェルだな? ウリエルの副官はおまえだ!」
剣をぬき、切りかかろうとする。
龍郎はあわてて、ひきとめた。
「いや、違う! シャムシエル。君はさっき、おれがエアーベールにタルタロスへ来た理由をたずねたとき、首をかしげていたな。あれは、なぜだ?」
「エアーベールがアスモデウスさまの副官になったのは、つい最近です。そのわりに殊勝なことを言うのだなと。それで先日、下界の森の遺跡をエアーベールと調べていたとき、彼が中途ではぐれたことを思いだしたので」
「シュブ=ニグラスのいた遺跡だな? 何度めかの別れ道のとき、君とエアーベールが二人きりになった。あのときか?」
「はい。奇妙に思い探しまわると、アスモデウスさまとミカエルさまが行った方角から、彼は走ってきました。手に弓を持ったまま」
「あのとき、アスモデウスを狙って矢を放ったのは、エアーベールか!」
ガブリエルも断言する。
「そう。彼こそが、ルシフェルの生まれ変わりだ」
プラスチック製の人形のように特徴のない天使。
まるで、それがウリエルの最期の意思であるかのように、赤い玉は彼の足元へところがる。サンダルをはいた足にコツンとあたり、止まった——
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます