第5話 天使殺し その三
神様の玉座のすぐよこに立って、なんなら玉座の背もたれに肘などかけている。
その姿は龍郎の知る穂村より、ほんの少し筋肉質だが、まちがいようはなかった。
「穂村先生?」
「ノンノン。ここでの私はラグエルと呼ばれている。親切にも訳してあげるとだね。神の友人って意味だよ」
口調まで、しっかり穂村だ。
「でも、穂村先生の正体は魔王フォラスなんでしょ?」
「ウィ」
「なんで急にフランス語風なんですか?」
「やぁ、なんかいつもと違うこと言わないと信じてもらえないと思ってだね」
いや、この押しの強さは、まごうかたなき穂村だ。そこはもう誤認しようがない。
ガブリエルがそっと耳打ちしてくる。
「ラグエルというのは彼の異名の一つにすぎない。魔王である彼のほうが本体だ。つまり、魔王という呼称も人間が勝手にそう呼んでいるだけのものだから」
龍郎はうなった。
そう言えば、ずいぶん前になるが、天使や悪魔、邪神などというカテゴライズは、人間が自分たちにとって善か悪か、見て快か不快かで判別しただけのものかもしれないと、青蘭と話したことがあった。まさに、それなのだ。
「つまり、人間が天使ラグエルと思っている存在が、魔王フォラスと同一である、ということなんですね?」
「そうだよ。私はただの大地の神だと思っている。だから、大地の神同士、私とノーちゃんは親友なんだ」
「ノーちゃん……」
もしかして、ノーデンスのノーだろうか?
なんだか、めまいがする。
が、おかげで、いっきに気が楽になった。
「穂村先生なら事情はわかってますよね? 今すぐ、青蘭を助けに行きたいんです! おれにゆりかごに行く許可をください」
「私はノーちゃんの参謀だよ。司令官はノーちゃんだ。いいかな? ノーちゃん。本柳くんことミカエルの生まれ変わりを、ゆりかごに送りこんでも?」
「もちろん。フォーちゃんの言うことに間違いはないからね。君が保証するなら了承するとも」
ノーちゃん、フォーちゃんと呼びあう神様同士を、龍郎は呆然と見つめる。こんなチャラい神様なんて見たくなかった。
すると、業を煮やしたようすで、ラファエルが口をはさんだ。ただし、床に頭をつけて平伏したままだ。
そのようすを見れば、ハッキリとわかる。これは邪神と奉仕種族の関係とまったく同じだ。やはり、天使というのはノーデンスが自分のために造りだした奉仕種族なのだと。
龍郎に対してはあれほど傲岸なラファエルが、へりくだって物申す。
「はばかりながら、我らが神よ。彼が大天使ミカエルであるという証を我らは知りませぬ。彼を認めるわけにはいきますまい」
ほう、とノーデンスと穂村がダブルでため息をつく。
「もう、いとまがないのじゃがのう」
「しかたない。ノーちゃん。急いで本柳くんに証明させよう」
「うむ。手遅れになる前にな」
穂村の顔を見たときに、なんとなくイヤな予感がしていた。あたりまえみたいな顔をして、穂村は言う。
「さ、本柳くん。君、門をくぐったからには大天使のころの記憶をとりもどしたんだろう? 自分が殺されたときの状況を説明してだね。犯人を言いあてなさい。さ、早く、早く。急ぎなさい」
「…………」
あいかわらずだ。
うむを言わせない。
(もしかして、おれもやっぱり奉仕種族だからなのかな? どうにも逆らえない)
しょうがない。
こうなったら推理を披露するしかあるまい。
「わかりました。ですが、おれは前世のすべてを思いだしたわけじゃないんです。なので、ここで謎解きしながら証明してもいいですか?」
「かまわんよ。君のやりたいようにやりたまえ」
「じゃあ、みんな、おれの質問には嘘偽りなく答えてください」
「いいだろう。な? ノーちゃん?」
「うむ。よかろう」
穂村やノーデンスがかんたんに容認するので、気は進まないがやるしかなかった。とにかく、一分一秒でも早く終わらせて、アスモデウスのもとへかけつけなければ。
「じゃあ、最初にあの日の状況を説明すると、宴の席から、おれは一人で離れて浜辺へむかった。ああ……たぶん、みんな知ってると思うが、おれはアスモデウスとつがいになる約束をしてたんだ。だから、アスモデウスの合図を聞いて、いつもの約束の場所へ行こうとしていた」
ラファエルが仏頂面でにらんでくる。ガブリエルがミカエルに惹かれていることを知っているからだろう。
「ガブリエルがついてこようとしたが、おれは一人で歩いていった。それで、あの砂浜まで来たところで背後から呼びとめられた。ふりかえったおれは、ある天使に胸を刺されて死んだ」
「その顔を見たのですか?」と、たずねたのは、意外にもエアーベールだ。
「見た。だが、その前に動機が知りたい」
「動機? なんだ、それ?」と、ラファエル。
龍郎のかわりに、ウリエルが説明した。人間に化けて龍郎を見張っていたくらいだから、人間界のことに詳しいのだ。
「相手を殺そうとする理由のことだ」
「ミカエルを殺したやつの気持ちってことか。そんなもの、そいつ自身でなければ誰にもわからないだろう」
龍郎は彼らの会話に口をはさんだ。
「そうでもない。人間は相手の心を読むことはできない。でも、気持ちをくんで思いやることはできる。わからないことは推測するんだ」
ラファエルは両手をひろげて肩をすくめた。その仕草はなんだか、フレデリック神父を思いださせた。皮肉な態度ばかり見せてくるところもよく似ている。向こうは龍郎を嫌っているものの、なんだか、だんだん小気味よくなってきた。
「ラファエル。君だって、容疑者の一人だ。いや、人じゃないけど、もうめんどうだから。一人、二人で言うけど」
「容疑者?」
「犯人の可能性があるってことだよ」
「おれじゃない!」
「でも、君はミカエルさえいなければと、ずっと思ってきた。そうだろ?」
「それは……」
「ラファエル。君が殺したのか?」と、ウリエルがたずねる。
誰が犯人でも仲間殺しだ。
広間に緊張感がただよう。
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