第3話 天使の心臓 その二



 プロ顔負けのスイーツでひといきついたのち。

 放射能と水素を食べていれば生きていられるはずなのに、しっかり清美のスイーツを堪能しているガブリエルに、龍郎は問いかけた。


「ガブリエル。おれはどうしても、アスモデウスを助けに行きたいんだ。頼む。どうにか方法はないだろうか?」

「…………」


 ガブリエルは優雅に紅茶を味わって、答えてくれるようすがない。


「ガブリエル?」

「…………」


 すると、来客用のロイヤルドルトンのティーカップを置いて、ようやく口をひらく。


「方法がないわけではない。でも、それには君の決断が必要だ」

「というと?」


 ガブリエルはそれには答えず、あさっての話題を始める。


「私は今の生の前、熾天使だったのだ」


 龍郎は遺跡のなかで、四大天使はその昔、みんなセラフィムだったのだと言った、アスモデウスの言葉を思いだした。


「そうだったらしいね」

 青蘭のかわりにユニをかまってやりながら、龍郎はうなずく。


「転生すると位は一番下からに戻るんだってね」

「私たち四大天使は、かなり初期のころから転生を重ねてきた。とても強力な能力を有している。特別な存在だ。だから、つがいの相手を自分で選べない」

「そうなんだ」


 でも、ガブリエルはミカエルの相手は自分だったはずだと言っていた。


「あれ? それに転生前のことなのに記憶があるんだ? 新しい卵から生まれると前回までの記憶はなくなるんだろう?」


 ユニをかかえながら、片手でレモン味のマカロンをもう一つ、パクつく。酸味がほどよく大人の味わいだ。


「記憶は消える。だが、ときによみがえることもある」

「あるんだ!」


 それは龍郎にとっては朗報だ。アスモデウスが青蘭のころの記憶をとりもどしてくれるかもしれない。その前に、まずは現状を打破しなければならないのだが。


「つがいの相手と真に一つになった卵から生まれた者はよみがえらない。だが、賢者の石を使って転生した者はよみがえることがある」

「賢者の石……それって、快楽の玉とか、苦痛の玉のことだろう? 天使の心臓だ」

「そう。天使の心臓が体内からとりだされて結晶化したものだ」


 心臓が結晶化……まさに、苦痛の玉のことだ。美しい青い宝石だった。もとは天使の臓器だったなんて、見ためではわからなかった。快楽の玉は紅玉。色の違いが能力の違いでもあるのだろうか。


 ガブリエルは首肯する。


「心臓には生来、苦痛の玉になる青い心臓と、快楽の玉になる赤い心臓がある。つがいになるのは、たがいに自分とは異なる色の心臓を持つ者同士だ。つがいの相手はひとめでわかる」


 龍郎が青蘭を見た瞬間に惹かれたように、ということか。

 以前、夢で見たときに、ミカエルもひとめで、アスモデウスをつがいの相手だと認識した。


「でも、心臓が結晶化って、そんなこと、めったにはないよね? だって、心臓をとりだせば、その天使は死ぬだろうし」


 ガブリエルは淡々と続ける。


「初期のころの天使は、神が期待するほどの強さを充分に有しているとは言いがたかった。だから、効率的に強くするために、あるていど敵を倒して魔力をためこんだ者は、心臓をとりだされた」

「それって……」

「そう。殺された。そして、魔力をたくさん蓄えた者が、その石を使って転生した。その場合、心臓は二つだが魂は一つなので、必ず生きて石を使ったほうの天使が再生する」


 ハッとする。

 その状況は青蘭が苦痛の玉を使って転生したときと符合する。


「そうか。だから、必ずアスモデウスが再生したんだ。そのことをアンドロマリウスは知ってたんだな」

「おそらく。天使は大地の神々から造られた。天使の実験は悪魔たちにとっても興味深いものだったのだろう」


 しかし、それをなぜ、今、ガブリエルはこう長々と話しているのだろう?


「四大天使は計画的に造られたセラフィムだった。賢者の石を使用して、転生をくりかえし。私たちには相手を選ぶことはできなかった。ただ渡された石を使うほかなかったのだ。私のセラフィムの力は、パラサイターのアスモデウスに吸いとられてしまったが、そうでなければ、今も天界で一、二位を争う実力者だった。天界一の英雄であるミカエルと、その副官であり、君に継ぐ強さを持つ私。私はずっと、君とつがいになりたかったのだよ」

「…………」


 どう答えていいのかわからない。龍郎は今でも青蘭を愛している。ひいては、その生まれ変わりであるアスモデウスを。今だって、アスモデウスを救うために懸命だ。


「ガブリエル——」


 だが、龍郎が言いかける前に、ガブリエルが告げた。


「君はもう忘れているだろうが、私たちはとても仲がよかった。いつもいっしょだった。戦うときも、眠るときも、神を讃えるときも。笑うときも、泣くときも。君の心がアスモデウスに移ったとき、悲しかった。いつか最後の一柱になるときには、私たちも、つがいになることを許される。そう信じていたのに、その日が来ることはもうないのだと思って。それでも、あきらめないでよかった。今日のような奇跡が起こるのだから」


「何を言ってるんだ?」

「君と私の心臓を重ねるのだよ。龍郎」

「おれと、君の心臓を……?」


 そんなことができるのだろうか?


「でも、おれは人間だ」

「そう。だけど、心臓は天使だ」

「えっ?」

「君の心臓は倒した敵の魔力を吸収するだろう? 心臓が天使のものだからだ」


 天使の心臓……そう言われれば納得がいく。

 火の精の攻撃がきかなかったこと。邪神と相対しても正気を失われないこと。苦痛の玉の守りが消えたあとも戦えたこと。


「でも、だからって、なんで君と心臓を重ねるんだ?」

「私の心臓と君の心臓を一つにすれば卵になる。君はそこから蘇ればいい。もう一度、天使として」

「…………」


 龍郎は絶句した。

 頭のなかが真っ白で、何も考えられない。

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