④ ひみつのミュージカル屋に潜入

 ハー・マジェスティー劇場の、真っ赤な絨毯が敷かれた階段をレインと上る。

「うわー。前来たときと一緒! 見て、大きい絵がある。きれいなドレスの女の人だ。すごい。あ、こっちにはシャンデリア。うわー」

 感動していちいち声をあげるけど、いっしょにいるレインからはちっとも反応がない。

「ねぇ、レインもなんかないの?」

 見ると、レインは階段の途中、ガラスのショーケースがあるフロアをじっと見つめている。

  ふだんはオペラ座の怪人のグッズを売っているのだろうそこには、たくさんのネックレスと、ずらりと並んだバレエシューズ……?

「舞台で使うものを売ってるのかな?」

 レインはその目をにらむように細めてゆっくりと言った。

「いや。あの商品はおそらく」

「そこでなにをしているのかね」

 しんとしたロビーにとつぜん響いた低い声に肩がびくっと震える。

 カツカツと音をさせて、男の人が姿を現した。

 年は四十歳から五十歳くらいかな。グレーのジャケットにズボン。背は見上げるように高くて、ぴんと伸びてる。

 鋭くつりあがったモノクルの眼鏡の奥の目が、あたしを見たとたん、見開かれた。

「これは。チュチュ・チェルシーじゃないか」

 いきなり名前を呼ばれて、びっくり。

「どうして、あたしのこと知ってるの?」

 男の人の目が、さっきまでの冷たさがうそのように優しく細まる。

「わたしはきみのファンだからだ。きみにここで踊ってほしいと依頼したのは、わたしだからね」

 あたしはレインと目を見合わせる。

 じゃぁ、この人は、このハー・マジェスティー劇場の持ち主さん?!

「先日の公演できみが演じたキャシーはすばらしかった。特にダンスの軽やかなステップ。こちらまで踊りだしたい気持ちになったよ」

「……!」

 いきなりな誉め言葉に、とっさに言葉がでてこない。

 自分の胸に手をあてる。

 そこに、ぐんぐんうれしい気持ちが湧き上がってくるのがわかる。

「どうだろう。あのすばらしいダンスを踊ってみてくれないかな」

 もちろん!

 そう返事をしようとしたとき、レインがすっとあたしの前に進み出る。

「すみません。チュチュはこの次のシーズンも、大事な舞台を控えています。けがでもしたら大変なので、今はご遠慮させていただきたいんです」

 へ? とあたしは首をかしげた。

 レインの言うことは、たしかにそうだ。でも、ダンスだったらいつもレッスン室で   がんがん練習してるし、今ここで披露するくらい――。

 そう言おうとしたけど、そのとき男の人から響いたちっという、舌打ちのような音にどきりといやな気持ちがして、あたしは口をつぐんだ。

 でも、男の人の笑顔は変わらない。

「そうか。プロは大変だな。無理言ってすまなかった」

「今日うかがったのは、ほかに用件があるんです」

 レインにこぶしでそっと背中を押されて、我に返る。

 そ、そうだった。

 あたしは男の人に切り出す。

「ここ、休演日には、ひみつのミュージカル屋さんになるって、聞いて」

「あぁ。この年寄りが、道楽でやっていることだがね。世の中のひみつをミュージカルにして知れたらおもしろいと思ったんだ。やってくる人々に、様々なひみつを提供している」

 にこにこと笑いながら説明する男の人の前に一歩、近づく。

「あたし、知りたいことがあって来たの」

 男の人が一度笑顔を消して、もう一度、ふっと笑った。

 ぞくぞくっと、背筋に冷たいなにかが走る。

 優しい笑顔なのに、どうして?

 ちょっと怖い気がする……。

 丁寧なしぐさで、男の人は、階段の上を指示した。

「こちらへ」

 こくりとつばを飲み込む。

 心配そうな視線を送ってよこすレインと一緒に、あたしは舞台へ続く階段をのぼった。

 しばらく行くと、金でふちどりがしてある赤い扉が見えてくる。

 その扉を、男の人がゆっくりと引いた。

「では、どうぞ中へ。きみの知りたいひみつを、ゆっくりと、観劇したまえ」

 中へ入ると、あたしとレインの後ろで、ぎーっと音を立てて扉が閉まった。

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