④ 落とし物は愛情の証

 落ちたところは大きなお屋敷の屋根だった。

 レインが少しさきで、その家の窓に張りつくようにしていてほっとする。

「死ぬかと思った……」

「チュチュ。こっち来て、見てみろよ」

 これ以上、なにをどうしろって言うの――。

 あたしはしぶしぶ、窓に向かって、びっくり。

 その家の中にエプロンをつけたメリーさんがいたの。

 こんなことを言っている。

「本日は第二木曜日なので、お休みをいただきます」

 第二木曜……。

 あたしはレインと顔を見合わせた。

「昨日だ!」

 あたしたちが今見ているのは、メリー・ポピンズがなくしものをしたその日ってこと。

 家の中からは、メリー・ポピンズ、行かないでっていう小さな男の子の声。

「メリーが落としたのは、家を離れるときに、持っていったものってことか」

 窓の向こうからまた声がした。

「メリー・ポピンズ。お休みのあいだに、あたしたちのこと忘れちゃいやよ」

 続いて、ふん、と鼻をならす音がする。

「あなたがたのような手に負えないいたずらっ子、忘れられるならやってみたいもんですね」

 あたしとレインは顔を見合わせた。

 家を離れるときに、持っていくもの。

 それは、家にある大切なものを、いつでも見られるように記録したもの。

 もう、わかった。

 メリー・ポピンズさんの落とし物――。

 レインはこっちを見て笑った。

「ありがとう。チュチュ」

「え? なんで?」

「そうだな。なんでだろう。言いたくなったんだ。――すごく、楽しかった」

「レイン、がんばる日々の中に、たまにはひとさじお砂糖を加えるんだよ」

 集中するためには逆の発散が大事。

 たまには夢を忘れて思いきり子どもらしく、楽しむ時間も大切なんだ。

「あぁ。なんだか本番、うまくいくような気がしてきた」

 開いてかかげたレインの右手にばしっとタッチする。

「あたしも! がんばろうね」

「こらっ、そこでなにしてる!」

 屋根の下に、おまわりさんだ!

「チュチュ、逃げるぞ」

「に、逃げるったって」

「煙突を伝って、このままミュージカル屋まで帰るんだよ」

 そんなの無理~。

「オレが送ってやるから」

 あたしはレインの手をとった。

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