② 落とし物はオウム傘?

 セント・ジェームズ公園は、ロンドンの広い公園だ。

 あたり一面の芝生。大きな湖にはかもが優雅に泳いでる。

 あたしは奥の管理所へ向かって小道を歩いた。

 アイスクリーム屋さんのワゴンのわきにさしかかったときだった。

「チュチュ!」

 急に名前を呼ばれて振り返る。

 追いかけてきて立ち止まると、彼は笑顔になった。

「やっぱりチュチュだったか」

「レイン。 どうして?」

 茶色い髪を風になびかせた彼は、レッスン室で見慣れたトレーニングウェアを着てる。

「本番直前の精神統一とトレーニングもかねて、走りこみだ」

「へぇ……」

 相変わらず、ぬかりないなぁ。

「お前は? はじめての公演を控えて緊張のあまり、上の空になって徘徊してるなんて言うなよ」

 むっ。

「あのねぇ、ほんとに徘徊する人は、自分が徘徊してるなんてわかんないの」

「……つっこむとこ、そこなのかよ」

「あたしこれでも忙しいんだから、邪魔しないで。精神統一でも三転倒立でもお好きにどうぞ」

 かまわず、あたしは青と白の縞模様のテントの管理所に入っていく。

 テントの下の机の上には、たくさんの落とし物が並んでいた。

 レインはおもしろそうについてくる。

「ははん。さてはなんかなくしたな。お前わりとぬけてるな」

 やれやれ。つっかかるのが好きなんだから。

「あたしじゃないよ。なくしたのはお客さん。これも仕事なの。わかった?」

 レインは首をかしげた。

「失せ物探しが、魔法のミュージカル屋の仕事なのか?」

 う、無駄に鋭いな。

 メリーさんは、落とし物したことはあんまり人に知られたくないみたいだったけど。

 ま、レインにならいいか。

 あたしはかんねんした。

「落とし物をしたのは、メリー・ポピンズさんなの」

 レインの黒い目が、ぱちぱちとしばたたかれた。

 そして、きらりと輝く。

「うっそ、まじ? すげーじゃん! ミュージカルの主人公に仕事を依頼されるって、ただ事じゃねーよ」

 ……。

 小さな子みたくはしゃぐレインを見て、胸がとくんという。

 いつも大人っぽい彼が、なんか意外。

「それが、けっこう大変なの」

 あたしは、メリーさんの落とし物がなにかわからないことを話す。

 するとレインが今度は不敵に笑った。

「メリーがなにを落としたか、つきとめろってか。おもしろそうじゃん。さっそく、ここにあるもの見ていこうぜ」

 いつの間にかしきってるし。

 机の一番端には、小さな額縁に入った絵があった。男の子と女の子が描かれてる。

「これは違うよね。メリーさんに子どもはいないし」

「だな。次」

 となりには、アクセサリー類がいっぱい入ったかご。

「メリー・ポピンズの衣装って、基本いつもシンプルだよね」

「あぁ。ネックレスや指輪をつけてるメリー役は見たことない」

 これもボツか。

 そのさらに隣には……白いエプロン?

 あたしはピンときた。

 これかも。

「メリーさん、家で仕事するとき、いつもつけるよね」

 でもレインはそれを手にとって広げると、首を横に振った。

「しわがひどいな。メリーはいつもきちんとアイロンがかかったものを着るっていうのは、舞台上でも肝心な設定だ」

 がっくりと肩を落とす。

 そのとおりだ。

 机の上にある落とし物はこれでぜんぶ。

 思ったより難問だな。

 落ちかけた視線に、目に入ったものがあった。

 机の隅に立てかけてある、傘だった。

 柄の部分が、鳥の形をしてる……!

 あたしはそれを手に取って、高々とかかげた。

「オウム傘! レイン、きっとこれだよ、メリーさんの落とし物!」

 レインがうなずく。

「でかした、チュチュ。空を飛べるオウム傘はメリーのシンボル。舞台でもかかせない小道具だ」

 そのとき、声がした。

「あったわ! アタシのマリアンヌ!」

 低いけど、つやっぽい、独特な声には聞き覚えがあった。

 ラフだけどおしゃれな、紫のスポーツウェア。

 短い金髪につけたトレードマークのバンダナには、今日はバラの模様がついてる。

「チュチュちゃんありがとー! 見つけてくれたのね~」

 その子――ヴィヴィちゃんはあたしからオウム傘を奪うと、ぱっと開いてくるくる回し始めた。

「よかったぁ。もう一生会えないかと思ったワ。んーまっ」

 傘に、キスしてる……。

 と思ったら、くるりとこっちを向く。

「本番前にはいつも、この子に励ましてもらうの。このあいだお散歩のときに忘れちゃったのね。あたしのおばかさん。ほんとのほんとにありがとう、チュチュちゃん。あとついでにレイン」

 ヴィヴィちゃんの手元を指さして、レインは言った。

「そのオウム傘、お前のなの?」

 ばっと傘を閉じて、ヴィヴィちゃんはレインをにらんだ。

「失礼ね! これはオウムじゃないわ。かわいいインコちゃんよ! お~よちよち、マリアンヌ。さみしかったわね、ごめんねぇ」

「お前、傘に名前つけてんのか」

「ほっといてちょうだい」

 あたしは、肩をすくめた。

 ヴィヴィちゃんが広げたとき、その傘の内側には、超ラブリーな白いフリルがついていた。

 メリーさんのシンプルなものとは違いそう。

 ちょっとがっくりきていると、ヴィヴィちゃんがなにを勘違いしたのか、とんでもないことを言った。

「チュチュちゃん、せっかくのデート、邪魔してごめんなさいね」

 ででっ、デート!?

 突然なワードにひっくり返りそうになっていると、

「しっかりやるのよ、レイン。チュチュちゃんを泣かせたら、承知しないんだからっ」

 ドン、と、けっこうな力でレインの背中をたたくと、ヴィヴィちゃんは軽やかなスキップとともに去って行った。

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