⑪ メッセージ代行ソングは『自信をもって』
カウンター席でダイヤちゃんがお姉ちゃんに、唄い子糖っていう、紅茶に落とすと曲を奏でて気持ちを切り替えてくれるお薬を処方してもらってるとき、テーブル席でレインが言った。
「チュチュ」
彼に顔を向けると、真剣な目をしていた。
「ありがとな。劇団のために、事件を解決してくれて」
そんな。
「証拠をつかんだのはレインだし。それに、あたしだってポップドロップの一員だから、あたりまえだよ」
そう言ったら、レインがふっと目を細めて、笑った。
こんな笑い方も、するんだ。
「ダイヤはほんとは悪いやつじゃないんだ。ただ、すごく負けず嫌いな半面、負けた悔しさがまだコントロールできないみたいで」
もう気にしてないってことがわかるように、あたしはおおげさに肩をすくめてみせる。
「カレシだったら、そこんとこ、あんまりつっぱしらないように見守ってあげてよ」
「……は?」
レインが一瞬かたまり。
とまどったように頭をかく。
「ちょっと、待てよ。なんだよカレシって」
「え? だって、二人はカレカノだって『シアター』に……」
「あほ。それはマスコミがかってにでっちあげた記事だ。んなの劇団関係者だってだれも相手にしてないっつの」
で、でも。
「いつもダイヤちゃんの車いす押したり、いろいろ世話してるし」
「けがして弱ってる劇団員がいたら、ダイヤじゃなくてもそうする。当然のことだ」
そういえば。
脅迫状が届いたときも、あたしのこと送ってくれたっけ。
そっか。
そういうこと、だったんだ……。
「あとさ。……悪かった」
「へ?」
「オーディションのときだよ。お前がキャシーを演じられるわけないなんて、けっこう、きついこと言っちまった」
ああ。
「あんなの、もう時効でしょ」
「お前の、バレーシューズ結んだときさ。傷だらけの、痛めた足見て、オレと同じだと思ったんだ。がむしゃらにがんばっちゃうタイプだ。あんなこと言ったのは、守り抜く自信がなかったんだ」
ちょっと痛ましそうに、レインが微笑んだ。
「ダンスや歌は、納得がいくまでがんばればいい。ただ、呪いだけはどうにもならないって。チュチュのがんばりを、そんなもので無駄にしたくなかったんだ」
……。
なんなの。
胸の奥が、ジーンとあつい。
「じゃ、オレもう行くよ。ダイヤを送っていかないと」
去って行くレインの後ろ姿を見て、今までのいろんなことが頭に浮かんでくる。
レインはあたしに、オペラ座の怪人の呪いについて秘密にしていた。
怖がらせたくないみたいだった。
「彼、なかなかじゃない。実力派俳優っていのは、まんざら肩書だけじゃなさそう」
ダイヤちゃんにお薬の処方を終えてやってきたお姉ちゃんの声に、はっとあたしは顔を上げた。
もしかして、あたしのキャシー役の起用に反対したのも、あたしが呪いに巻き込まれないようにするため?
「彼の心、気になる? コーラスコープティーで調べてみる?」
いたずらっぽく微笑むお姉ちゃんに、あたしは、
「いい。それより、ちょっと、行ってくる」
店頭に並べられてるメッセージ代行オルゴールカードをとった。
開くとミュージカルナンバーが流れて、その曲がそのまま相手へのメッセージになる。
とっさに選んだのは、『サウンド・オブ・ミュージック』の『自信をもって』。
主役のマリアが仕事に向かう時に、自分を勇気づけるために歌う歌。
お店のドアを抜けて、石畳の小道を走った。
今までいっぱいお稽古してきた。
事件もなんとかくぐりぬけて。
今、あたしたちは自信で溢れてる
ミュージカル『雨に唄えば』、ぜったい成功させようね!
角を曲がったら、レインの背中が、見えた――。
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