⑧ 「レインまでわたしからとらないで」

 土曜日の今日は、お稽古は早朝から午後三時まで。

 レッスン着から普段着に着替えて、ハー・プリンセス劇場の地下から、入り口に向かう道のとなりには、レインがいる。

 脅迫状が届いてから、レインは毎日あたしを家まで送ってくれるんだ。

 劇団の仲間として当然だって言うけど、あたしはちょっと心配なんだよね。

「レイン、ほんとにいいの?」

「いいって、なにがだ」

「だってレインには……」

 劇場の裏口を出たところでまさに、今話に出そうとしてた子がいて、あたしはびくっとした。

 あいかわらずつやつやな、薄茶色の髪。

 車いすに、その細い身体をあずけて。

「ダイヤ。今日は家で休んでるって言ったろ」

 ダイヤちゃんは、悲しそうにきれいな空色の目を細めた。

「会いたくて。……レイン、今日は家まで送ってほしい。足が、痛いの」

 レインは、ダイヤちゃんの肩に優しく手を置いた。

 うん。やっぱり、カノジョを送ってあげなきゃ。

「ダイヤ、チュチュは狙われてるんだ。仲間としてほうっておけない」

 え。

「いや!」

 ダイヤちゃんはいきおいよく、肩に置かれた手をふりはらう。

「途中で歩けなくなったら、ひとりぼっち。怖いの……」

 ダイヤちゃんは弱々しい視線を、今度はあたしに向けた。

「レインまでわたしからとらないで。お願い……」

 その言い方に、なにかひっかかるものを感じる。

 たしかに、レインと一緒にいるのは、カノジョのダイヤちゃんに悪いなって心配だった。

 でも、『レインまで』って、それじゃまるであたしがダイヤちゃんからほかにもなにかとったみたいだ。

 ダイヤちゃんがこんな言い方するなんて。

 むくむくと湧き上がる違和感を、むりやりおさえる。

 きっと、それだけ、不安なんだ。そうにきまってる。

「レイン、送ってあげなよ」

 そう言うと、ぱっとダイヤちゃんの顔があがる。

「でも」

 ためらうレインに、言い聞かせる。

「足、きっとすごく痛いんだよ。あたしならだいじょうぶだから。明日もお稽古、がんばろうね」

「チュチュ!」

 レインの呼びかけをふりきって、あたしは走って家まで帰った。


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