② 「かわいいラブストーリーの予感だわ~」

「まぁっ! 合格?」

 お姉ちゃんの第一リアクションは、額に手を当てて、ふらつく身体をカウンターテーブルで支える、というものだった。

 あたしはあわててその腕をとる。姉妹そろって失神なんてことにはならないように。

 お姉ちゃんは椅子に座ったとたん、また立ち上がった。

「チュチュちゃん、おめでとう。お祝いしなくちゃ。今からカフェ・イングリッシュ・ティーでお茶でも」

「お姉ちゃん、もう遅いし、さっそく明日からレッスンだから」

「あぁ……そうね。それじゃ、お茶とケーキはまたあらためて」

 あたしはお姉ちゃんを椅子に落ちつけて、そのとなりに、自分も座った。

 今はお茶より、大事なことがある。

「お姉ちゃん。あのね。……ごめんなさい」

 頭をさげた後、その栗色の目を正面から見る。

「朝、ひどいこと言って。朝ごはん、せっかく作ってくれたのに」

 お姉ちゃんは、ちょっと肩をすくめてふんわり微笑んだ。

「チュチュちゃんは、ちょっとがんばりすぎちゃうところがあるのよね。目標見つけると、それしか見えなくなっちゃうの。ストイックっていうのかしら」

 ストイック? 

 どこかで聞いたような言葉。

「時々無理をしていないか心配になるの。たまには夢のことを休憩して、今を思いきり楽しむのも大事。ね?」

 今度はしっかりした足取りでカウンターの奥に向かうと、お姉ちゃんは紅茶を出してくれた。

 高級な香りの、アールグレイ。

 あたしの分は大好きなミルクをたっぷり添えて。

 お姉ちゃんのカップには、スライスのレモンが浮かんでいる。

「で、どうだったの? 生のプロ劇団のかんじは」

 うん。

「恋のライバルのリナ役の子がすごいの。男の子なんだよ。なのに女の人の役って。ふだんも女の子みたいな言葉をしゃべって、おもしろい子だよ」

「へぇ。個性派俳優ね」

 キャラは濃いめだけど、優しいし、ヴィヴィちゃんとは友達になれるかな。

「ほかには? お友達になれそうな子」

 うーん。

「今日のところはそれくらいかな。……レインはあんなだし」

 かちゃり、と音を立てて、お姉ちゃんはティーカップを置いた。

「レイン・シングに会ったの?」

 しぶしぶ答える。

「うん。一応」

 まぁ~って、お姉ちゃんは手を組み合わせた。

「ポップドロップの実力派看板俳優! いつだったか、リトルマーメイドの王子様やってた公演を観たことあるけど、イケメンくんじゃない」

 お姉ちゃんも知ってるんだ。

 あいつが王子様?

 ぞ~っ。

「どうだった? すてきだった?」

 期待に目を潤ませて、お姉ちゃんは身を乗り出してくる。

「それが、とんでもない。性格がかな~り残念なの。いじわるで嫌味で、やなやつ!」

 お姉ちゃんは昼間のヴィヴィちゃんみたいに傾げた首に手をあてた。

「あらぁおかしいわね。彼は監督に負けないくらい劇団のことを気にかけてて、新人さんにも熱心に教えるって雑誌『シアター』に書いてあったのに」

 ……お姉ちゃん。

 もしかしてコアなファン?

「それもぜーんぶ、仮面だったの! その下は怪人! オペラ座ならぬ、ハー・プリンセス劇場の怪人!」

「ふーん?」

 お姉ちゃんはなんだかあやしげに微笑んでこっちを見てる。

「なに、その目?」

 長いまつ毛に縁どられた目を微妙に伏せて。

 ほぅっとため息をついて。

 お姉ちゃんは語りだした。

「いえね、『雨に唄えば』の中にもあるでしょ。ダンのこんな台詞。『あのときはムカっときたが、そのせいできみのことばかり考えていた』」

 両手を広げたかと思うと、がしっと、自分の体を抱きしめる。

「するとキャシーはこう答えるの。『わたしも同じよ』」

 またはじまった。

 こうなると、あたしはため息をついて、終わるのを待つしかない。

 お姉ちゃんてば、たまに一人でロマンスの世界に入っちゃうんだから。

「第一印象は反発ではじまり、次第に惹かれあう二人……! かわいいラブストーリの予感だわ~」

 うげっ。

 さすがに手を振って中断させる。

「やめてよ。あり得ないって」

「まんざらそうでもないかもよ? だって、チュチュちゃんはキャシーの代役を勝ち 取ったんだから、ダン役のレインくんとラブシーンも演じるわけでしょ?」 

 ぶっと、紅茶を吹き出しそうになる。

 そうだった……!

 あんなやつと、舞台の上では恋人同士?

 やな予感。

「覚悟しておいたほうがいいかもね。ロマンスが容赦なく襲ってくるって」

 ウインクなんかしてお姉ちゃんはのりのりだけど、あたしはげんなり。

 考えただけでも、頭が痛いよ……。

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