第11話 黒歴史
「つまり、おまじない?」
「やっぱりそこに落ち着いちゃうか。まあ、わかりやすく言えば、そういうことだね」
マサヒコが長々と説明したところによれば、彼は民族学の研究者らしい。この民俗学という呼称からして彼には並々ならぬ熱い思いがあるらしく昨今の人類学やら社会学やらへの深い造詣を交えた近代社会学とも呼べる民族学へのレクチャーがあったが、もちろん割愛しておく。
つまるところ彼の民俗学というのは、民族の共通する精神の研究らしい。つまりとある民族の魂の発露として民謡の概念を提唱する研究とのことだ。それにまつわる音楽や昔話、おとぎ話や諺をまとめて神話学と絡ませるという。
今はヨーロッパの古い地域の研究をしていたそうだが、その中のひとつに子守唄があった。
揺りかごの唄と呼ばれるその地域ではそれこそ皆が絶対に知っている有名な子守唄だ。子供を寝かしつけるときに親や祖父母からうたわれる唄。だがそれがおまじないにもなるらしい。
というかおまじないになるということを今回、発見したらしい。
サユキとタカトで。
「俺が聞いていたのは、子守唄のおまじない?」
「その地域ではね、子供を寝かしつけるだけでなく緊張を和らげたりするときにもうたわれる。リラックスしてほしいときの唄だね。それをサユキちゃんが独自にアレンジした唄なんだ。まあ基本は子守唄なんけど。てっきり歌詞にも意味があるのかと思ったら旋律が重要だったとは…こういうことがあるから学問って面白いんだけど。まあ、だから愛情たっぷり、純度百パーセントの安心安全な子守唄かな」
「ヒコ、それ以上話すとサユちゃんが倒れるからやめてあげて?」
面白そうに揺れるカーテンに視線を向けて、ユキネは呆然としているタカトを見つめた。
ちなみに姉妹のいないサユキの従姉妹がユキネらしい。父親の弟の子供で近所に住んでいるから、姉妹同然に育って仲がいいとのこと。
「サユちゃんが緊張をほぐしてあげたい相手がいるって言ってたけど、緊張をほぐしただけじゃなさそうだし」
「ユキネさんも、余計なこと言うとサユキちゃんに怒られちゃうよ。ちなみにおまじないは使わないように言ってあるから、もう不眠症になることはないからね。サユキちゃんに近づいても眠くならないでしょう?」
「あ、そうですね」
耳を澄ませてももう唄は聞こえて来なかった。ただカーテンが揺れる音が響くだけだ。
「ふふ、ごめんごめん。噂のたっくんに会ってみたくて。実際に会ってみたら随分と可愛らしい子だったからびっくりして」
大きくなってから可愛らしいと言われたのは初めてだ。
最近は姫とか呼ばれるが決して可愛いと言われたことはない。
「たっくんって、俺が幼稚園くらいの頃に呼ばれてた筈なんですけど、なんで知ってるんです?」
「それはサユちゃんに聞いたから」
「サユキさんに?」
なぜサユキがタカトの小さい時の呼び名を知っているんだ。
接点なんてまるでない二人のはずだが。
カーテンが激しく揺れて、なにやら主張しているが生憎と声が出ていないので伝わらない。
というかあんなに引っ張ってカーテンレールが壊れたりしないのだろうか。金持ちはカーテンレール まで頑丈な設計なのかな。
「サユちゃんの計画じゃあ二人が上手くいってからばらす筈だったんだけど。これって上手くいってるからばらしてもいい流れなんじゃないかしら」
「それにしては随分と批難めいたオーラを感じるけどね」
「あの、どういう…?」
話の流れがよくわからなくてハテナ顔のタカトに、ユキネが楽しそうに耳打ちした。
「たっくんとさっちゃんは仲良しさんだって聞いてたんだけどなぁ」
「さっちゃん?」
なんだか背中がぞわりとした。聞いたことはないが知っている気がする。
「ええと、なんだっけ。面白いこと言うのね、って思ったのよね。ああ、そうそうキンコンのさっちゃんとアンのたっくん」
黒歴史だ、とタカトは真っ青になるのだった。
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