第7話 無意識の告白(サユキ視点)
深くため息をつけば、運転席にいた保名がバックミラー越しに視線を向けたのがわかった。
いつもは背筋を伸ばして送迎車の後部座席に座るのに、今日はもたれかかってしまう。母が見れば怒ってきそうな態度だな、と思いながら無気力になるのも当然じゃないか、とちらりと思う。
「どうかされましたか、サユキお嬢様」
「ちょっと…ね…」
最近の出来事を思い出して、サユキは力無く笑う。
「例の件ですか…上手くいきそうだとおっしゃられていたのに」
事情を知っている保名が眉を下げた。
先週までは浮かれていた自分が今週に入って落ち込んでいるのだから、事情を察するのは簡単だろう。
「上手くいってると思ってたんだけど…ねえ、マサヒコさんはしばらく出張なのよね?」
協力者の名前を出せば、そのように聞いております、と予想通りの返事が返ってきた。
「告白してもらえるのかなって思ってたのよね。でも、なんか違うかも…もう自信がないわ」
「お嬢様ほどの方を前にして、お相手様も緊張されていらっしゃったのでしょう?」
「そうかなと思ってマサヒコさんに教えてもらったでしょう。でも、なんか最近、ちょっと違うのかなって…」
言い淀めば、怪訝そうな視線を向けられていることがわかった。
サユキ自身もよくわからないのだが、ためらいつつ口を開く。
「たっくんってば、私を前にすると眠ってばかりいるのよ?」
「ええ?」
「きゃあっ」
ぎゅいんと車がふらついて、保名が動揺したことがわかった。
幸い対向車はおらず、後続車もいないため無事ですんだが。
「し、失礼しました、お嬢様! それは、いったいどういうことでしょうか…?」
またまっすぐに進む車の後部座席で、サユキは保名の問いかけには答えられない。
なぜ、と聞きたいのは自分の方なのだから。
最初は、日直の仕事をしていた放課後。
久しぶりの二人きりの空間に、ドキドキしながら日誌を書いていた。
隣の席の彼と向かい合わせでいられる時間を大切にしたくて、殊更丁寧に日誌に文字を綴る。
もうほとんど書きあがっているから、仕方なく現国の先生の飼い猫がミミっていう名前でその名前の由来が耳の形が可愛いとか、愛らしいというものではなく、やってきたときにミミズをいたぶっていたからということまできっちりと書いてみた。
だがそれもネタがつきた。
日誌の紙面も埋まって書くところもない。
小さな文字でびっしりと、何かの呪文のように各教科担当の無駄話が書かれている。
この時間も終わりかと思ったとき、なぜか真剣な顔をしたタカトに、突然名前を呼ばれた。
「相羽サユキさん、俺と付きあ―――ぐう…スヤスヤ」
だがその次の瞬間には、彼は気持ちよさそうに机に突っ伏して眠ってしまったのだ。
何が起きたのか、正直わからなかった。
「え、ちょっ…突然寝るとか…告白するんじゃなかったの。期待させといて落とすとか、なんなの……ふざけてるのっ?!」
慌てるけれど、彼が目を覚ます気配はない。
何度声をかけても、彼を揺すってもまったく目覚めないのだ。
むしろ気持ちよさそうに寝ている。起こすのが忍びないほどに。
「隼瀬くんっ…本当に寝てる、の? おーい。タカトくーん」
しばらく待ってみたが、彼が起きることはなかった。
「ねぇ、たっくん。私、ずっとたっくんのこと好きなんだけど…」
思わず彼の額を指先でつつきながら無意識につぶやいてしまった。
内容が頭に届いた瞬間、ばふんっと顔どころか体中真っ赤になった。熱い。信じられないくらい熱い。
恥ずかしくて誰もいないはずの教室や廊下をきょろきょろと見回してしまったほどだ。
見える範囲に人影がなくて、ほっと胸を撫でおろす。
「次は起きてるときに聞いてね」
彼の前髪を元に戻して額を隠しながら、日誌を持って立ち上がる。
声をかけながら、タカトが起きていたら絶対に告白なんてできないんだけど、と苦笑するのだった。
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