第3話 華麗なお姫様抱っこ
「あら、目が覚めたの。もう放課後だよ」
保健医の山居がカーテンを開けて、タカトの顔を覗きこんできた。
四方を白い壁に囲まれたベッドの上に寝かされていたようだ。つまりここは保健室だろう。
普段全く縁がないので、中に入ったのは初めてだった。
「うん、顔色もいいわね。スッキリしたでしょ?」
「あ、はい」
「何してるんだか知らないけど、夜更かししちゃだめよ。すっごい勢いで数学の尾山田先生が貴方を抱えてきたときには本当に驚いたんだから。朝礼や体育で倒れる子はよくいるけど、数学で倒れた子が運び込まれたのは初めてよ」
呆れ半分、からかい気味に山居が笑う。
「すみません…えと、俺の鞄は?」
「ああ、そこに置いてあるでしょう。お友達が持ってきてくれたみたいよ」
ヤスノだろうか。
視線を向ければベッドの近くの椅子の上に見慣れた黒のデイバックが置かれていた。
「帰る前に職員室寄って尾山田先生にお礼いっておきなさいよ」
「わかりました」
教室で眠り込んだ後に、床に転がったか椅子に座れたのか、どうなったかはわからないが、数学の教科担任である尾山田が保健室に連れてきてくれたのだから礼くらいは言うべきだろう。三十代前半の独身で冴えない眼鏡男で、数学の話以外は聞いたこともない堅物の名物教師の顔を思い出して、タカトは頷いた。
「尾山田先生ね、すごかったのよ。あんな見事に男子高校生を華麗にお姫様抱っこできるなんて思わなかったわ。単なる数学オタクだと思ってたけどあんなに颯爽と抱えられるのねぇ。本当にいいもの見させてもらったのよ!」
やや興奮したように山居が頬を染める。
どういうことだ。
お姫様抱っこだと?!
礼を言いづらくなってしまったが、その情報は必要だったのだろうか。
#####
職員室に顔を出しても尾山田はいなかった。
代わりに担任から睡眠不足を注意された。担任は五十代のおばちゃん教師だ。教科は家庭科である。そんな彼女は山居と同じ反応をした。
頬を染めて尾山田の活躍を熱く語ってきたのだ。
貴女、既婚者でしたよね。
思わず尋ねてしまったら、それとこれとは別と言われた。
アイドルとか俳優を追いかける心理だろうか。
自分でなければ構わないが、当事者の一人なので居たたまれない。
しかもお姫様抱っこ。
日本人男性の平均身長はあるつもりだ。
これ以上は伸びないけれど。
別に細くもない。
中肉中背の男子高校生を軽々とお姫様抱っことは。
なんか変なフラグでもたてたのか。
全く自覚はないけれど。
気持ちが折れたので、そのまま帰路につくため、昇降口に向かう。
すると、先ほどまでは全く聞こえてこなかった音楽が聞こえ始めた。
今日3回目。
ヤスノからも保健医からも担任からも、もちろんすれ違った生徒も教師も誰からも聞こえなかったアノ唄だ。
相変わらず旋律は小さく、歌詞はわからない。
けれど安らぎを誘う穏やかなメロディに、くらりと立ち眩みがした。
二時限分の授業を寝潰した筈だ。
つまり睡眠不足ということはない。
現に先ほどまでは眠気なんか少しも感じなかったのだから。
「あ、隼瀬くん」
夕暮れの昇降口、下駄箱の横にひっそりと美少女が立っていたのだった。
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