第2話 隣の席の彼女

屋上を後にして教室に戻れば、音楽は聞こえなくなった。

やはり気のせいだったのだろう。


「あー、5時限目に数学とか絶対寝る」

「お前は何の教科だって寝るだろうが」

「だって成長期だもんね」


身長180センチあれば十分だろうに。まだ伸びるつもりか。すっかり身長が追い越されているタカトはじと目で悪友を見つめる。

ヤスノは教室に入るなり自分の机に座って片手を上げた。


「じゃあおやすみ」

「今から勉強する人の挨拶じゃないから」


馬鹿だ、と苦笑しつつも窓際後ろから二番目の自席に着く。

ゴールデンウィークが明けてすぐの席替えでこの位置を引いたとき最高かと自分を褒め称えたほどだ。だがすぐに後悔したのは記憶に新しい。


「隼瀬くん、さっき屋上にいた?」


廊下から入ってきて隣の席に座った少女が屈託なく話しかけてきた。

タカトに後悔させた元凶だ。


「え、ああ、うん。今日は天気がいいから」

「そう。私も行ったのよ、でも見つけられなかったわ」


自分は貴女と違って平凡で目立たないからね。

心の中で返事をしながら、実際は誤魔化すことに決めた。


「そっか、気づかなかったな。いつも屋上で昼は食べるの」


相羽サユキはゆっくりと首を横に振った。

彼女の行動はわりと噂で聞く。

普段は仲良し三人組でお弁当を食べていることは既に知っている。だからこそ、タカトは中庭には決して近づかない。


「ううん、いつもは中庭よ。教室の時もあるし部室でも食べるかな。今日は少し屋上に行ってみたくなって…」


なぜか彼女が話す声に被さるように音楽が聞こえる。先ほど屋上で聞いた唄だ。

ささやくようなほど小さいのに、何か語りかけるような印象を受ける。だが、やはり何と言っているかはわからない。

心地よいそよ風のような、風鈴の音色を聞いているような穏やかな調べだ。

今まで彼女から聞いたこともなかった。昼休みが始まっても。

何か音楽でも聞いているのかと問いかけようとして、揺れる視界に驚愕する。


「天気もいいし、風が気持ちいいから…ね」


音楽を意識した途端に、強烈な睡魔に襲われた。

ふらつく頭を軽く振って眠気に耐えようとするが、どんどん瞼が落ちていく。

眠たいという感覚が昼に来るのはいつものことだ。

だが、ここまで眠たくなることはない。


なんだ、これ?!

めちゃくちゃ眠たい。


内心で焦りながら、必死で意識を保つ。

彼女の様子は変わらないので、きっと自分にだけ聞こえる音楽なのだ。さきほどヤスノも聞こえないと言っていた。


つまり眠気がピークに達した合図ということだろうか。今すぐ寝ないと危険だと音楽という形でタカトに警告してくれているのかもしれない。


「隼瀬くん、なんだか体調が悪そうだけど大丈夫?」

「うん、少し眠る―――…」


意識があったのはそこまでだった。


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