揺りかごの唄~快眠のために難攻不落のお嬢様に告白しなければならなくなった件

マルコフ。

第1話 告白からのお休み3秒

夕暮れ染まる高校のとある教室。

向かい合って座る二人の少年と少女。


茜色に包まれた二人は机を挟んで座りながら、静かに見つめ合っていた。そうしてどれほど時間が経ったのか。意を決したような真剣な面持ちで、少年―――タカトは言葉を吐き出す。


「相羽サユキさん、俺と付きあ―――ぐう…スヤスヤ」

「え、ちょっ…突然寝るとか…告白するんじゃなかったの。期待させといて落とすとか、なんなの……ふざけてるのっ?!」


少女が騒いでいても全く目を醒ますことなく、タカトは机に突っ伏したまま眠り続けたのだった。


#####


「不眠症?」

「全く眠れないんだよ、ほんとどうしたら眠くなるんだ?」


昼休み。

高校の屋上で購買で買った焼きそばパンをかじりながらタカトは、虚ろな目を初夏のよく晴れた真っ青な空に向けた。隣では同級生で悪友でもある明津ヤスノが、メロンパンを齧りながらふぅんと間の抜けた相槌を打つ。


最近、顔色の悪いタカトを心配して何かあったのかと聞いてきたのはヤスノのくせに真剣みのない返事にカチンとくる。一応、相談しているのだが。


「なになに、そんなに悩んでることでもあるの」

「いや、これといって心当たりはないんだが、全く夜眠くなくなったんだよ」

「俺なんて宿題してたらすぐ眠たくなるけど。つーか、お前授業中、ずっと居眠りしてるくせに。昼に寝すぎて夜眠れないんじゃない」

「夜に眠れないから昼に寝るんだよ。ヤスノ、安眠とか快眠できる方法知らないか?」

「はあ? お休み3秒の俺に聞くとか間違ってるから。俺、マジでのび太くんに勝てるからね」

「それを自慢に思ってるかもしれないお前が不憫だわ」

「なんだよっ、羨ましいんだろうがっ」

「確かに羨ましいけれども!」


なんせ、ある時から夜になっても全く眠れなくなってしまったのだ。

部屋のカーテンを遮光カーテンに変えて、耳栓してアイマスクまでして部屋を真っ暗にしても眠れない。

ホットミルクに蜂蜜たらして飲んでも、羊を一万匹数えても自分に眠れ~と暗示をかけても眠れない。

夜中徘徊するように近所を歩き回っても眠れないのだ。


ヤスノが言うように宿題をしても数学の教科書開いて英単語を諳じてみても眠れない。その上、頭に入ってこないので結果的に単なる時間の無駄にしかなっていない。


「あれだろ、眠くなるまで開き直って起きとくとか?」

「お前、もっと有効な方法があるだろうが!」

「だから俺に聞くなよ。目を閉じたら眠れるんだ。眠れないヤツの気持ちなんかわかるかよ」

「はあ、役立たずめ」

「お前、友達にそれはひどくない?」


タカトは答えずに無言で焼きそばパンにかぶりついた。

その時、ふと柔らかな音色が聞こえてきた。ささやく小鳥のさえずりのような寄せては返す波音のような不思議と落ち着く唄だ。


「なんか聞こえて来ない?」

「へ? ああ、一年が騒いでんな。どうせ相羽様だろ」


相羽様とはタカトと同じクラスである2年3組にいる相羽サユキお嬢様だ。正真正銘の金持ちの美少女である。濡れ羽色のような漆黒の髪を艶やかに伸ばし、小さな顔に神の美ともいえる黄金比に配置された顔のパーツは一言では語り尽くせないほどに美しい。

カールした長い睫毛に、ロシア人の母親似の青灰色の不思議な瞳を持つ少女だ。


父親はアイバホールディングスという持ち株会社の社長で、祖父は会長を務めている。大手のドラッグストアを運営していて、グループサポート事業や通信販売事業など幅広く展開している。一族にはアイドルグループのメンバーや政界の大物まで幅広く活躍しているほどだ。


その社長の一人娘がサユキ様なのだ。

それがなんの因果か田舎の県立高校に通っているのだから、入ってきたばかりの一年生が騒ぐのも無理はない。


見かけるだけで拍手喝采の大合唱である。


同じクラスということくらいしか接点のない平凡を絵に描いたようなタカトとは全く無縁の人間である。人種ですら違う。

タカトは近づこうとは全く思わない。


そんな彼女がなぜかふらりと屋上にやって来たので、間近くで見た一年生が騒いでいるのだ。まるでアイドルのおっかけである。


だがタカトが気にしているのはサユキに纏わるアレコレでなく、唄だ。唄っているように聞こえるが、歌詞は判然としない。

心地よいオルゴールを奏でているかのような音楽だ。


「音楽が聞こえないか? 優しい音色なんだよ」

「はあ? いや音楽なんて聞こえないけど」

「ほら、ルールールゥってやつだよ」

「なんだ、それ。そんなの全く聞こえないぞ。お前、眠れなさすぎてとうとう耳まで怪しくなったんじゃないか」


ヤスノが先ほどよりかは真剣にタカトに尋ねてきた。


「はあ、よく耳をそばたててみろ。少しは聞く努力をしろよ」

「だってなんも聞こえないから」


こんな綺麗な音楽が聞こえない?

確かに小さな音で歌詞もよくわからないが、音色は聞こえているのに。


まさか、自分だけが聞こえる音なのか。

だとしたら、とうとう幻聴を聞くまで不眠症がひどくなっているということだろうか。







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