第3話

 旅人への弟子入りが決まった次の日。

「まだ寝てる?」

朝日が昇る前、薄暗い早朝に迎えに来た旅人は驚きの声をあげていた。

「今起こしてきますので!」

ヒロトは慌てて離れに駆けて行く。

残された旅人とアリスが白い目でその後姿を追いながら、

「・・・ヒロトという男、あれに一体何を見出しているのだ?」

旅人が困惑した表情で問いかけると、

「あの人は同郷の人間には弱いんですよ・・・もう国には戻れないからって。」

「なるほど・・・故郷を想っての行動か・・・それにしても、

もう少し人を見る目を養ったほうがいい気がするが。」

自分の夫を悪く言われているにも関わらず、アリスは怒る事無く、

「同感です。」

ため息と一緒にそう漏らす。




 無理矢理叩き起こされ、準備もほどほどに、

旅人と宮輔は街道を歩き出した。

今回はきちんと武器も与えられたので、犬死することはないだろうが、

(・・・重い!)

分厚く大きな皮袋を背負わされ歩く宮輔と、

肩から小さな鞄をかけているだけの旅人。

初日から大きな格差を感じ、またも心の中でどんどんストレスが溜まっていく。

「おいクウスケ。もっと早く歩け。」

更に時々こうやって心無い発言が飛んでくるのだ。

(・・・この中に旅の道具一式があるのなら、いっそあの旅人をやっちまうか?)

それなら自分のペースで旅を楽しめるだろうし、

何より未だに発見出来ていないチートを探り出せるいい機会なのかもしれない。

(他に何がある?何の可能性があるんだ?)

最強能力の内容と発動方法を考えながら歩く。

そうしていないと苦しさで頭が真っ白になるからだ。

2年半前と同じで相変わらず体力のない自キャラにも嫌気が差す。

「・・・仕方ねぇ。ここで少し休憩だ。」

渋い顔で後ろを向いて旅人がそう言うと、脇に逸れた小川に歩いていく。

宮輔もそれについていき、荷物を下ろして水分補給をしようとすると、

「おい!大事な荷物を粗雑に扱うな!!」

背負う形で持っていたそれを、彼は直立状態のまま手を放し地面にどすんと放したのだ。

(こまけーな。だったらてめぇで持てよ。)

疲れと理不尽な扱いに愚痴が漏れそうだが、それを口に出すのは大人気ない。

なので無言を貫き通す事で、自分への不当な扱いを暗に表す事を選択する。

「・・・おい。聞いてるのか?」

(お前こそ楽ばっかりしてねぇで俺の荷物持てよ)

心の中だけで反論しつつ、無視を通して水を飲もうとした時、


どかっ!!


お尻を思い切り蹴られて

「ひぐうっ?!」

情けない声が漏れる。

「声は出るんだな?だったら俺のいう事には全て『はい』と答えろ。いいな?」

「・・・は、はい・・・」

痛みと疲れの中凄まれて、震えながらか細く答える宮輔。

「ちっ!頼まれたとはいえ、とんでもない物抱え込んじまったな。」

旅人は舌打ちした後、自身も水を飲み始め、

(このおっさん、俺のチートが判明したら絶対ぶっころす!)

最初から納得のいっていないこの異世界への復讐として、

まずはこいつを殺す事を心の中で誓う宮輔だった。




 その後小刻みな休憩を挟みながら

「今日はここで休む。」

川沿いに続いていた街道を歩いていた旅人がそう言うと、

またも脇に逸れて川原に出て行く。

それに続こうとした時、

「返事は?」

「は、はい!」

くたくたでそれどころではないのだが、恐怖と反射で短く答える宮輔。

(これが社会でいうパワハラってやつか。日本以外でもろくでもないヤツはいるんだな・・・)

そんな事を考えながら広めの川原に降り立つと、

「皮袋を寄越せ。」

「は、はい!」

言われるがまま重かった邪魔な荷物を手渡す。

やっと軽さが戻り、自由になった体を休ませようとしたら、

「んじゃ薪を集めて来い。俺は料理の準備をしておく。」

(・・・まだ歩かせるのか・・・)

すでに相当疲れていたので怒りがマックスにまではならなかったが、

それでも不完全燃焼として心の底にはカスとなって残る。

口に出す事無く悪態を自身の心の中で消化しながら、

落ちている木を適当に拾う。

どれだけ必要かもわからないが、とにかく片手がいっぱいになったところで

旅人の元に戻り、

「あ、集めてきました。」

「ん・・・んー。」

その木々を見て何とも言えない返事をする旅人。

「・・・じゃあお前、ためしにそれで火を熾してみろ。」

ため息交じりでそう言われ、何となく馬鹿にされているのだけは感じた宮輔。

そこではい、わかりました。とすぐに行動を起こしたかったが、

(火・・・どうやってつけようか。)

日本で喫煙をしていなかった宮輔がマッチやライターを持っていないのは当然として、

それでもここでは何かしらの手段で火を熾しているのだろう。

(・・・とりあえずわかりそうなのは・・・)

まずは木々を放射状に積んで、

真っ直ぐに近い枝とそれをこすり合わせる太い枝を選ぶと、

先端をその太い幹にあて、両手の平でこすこすと回転運動を始める。

(恐らく摩擦でぼっと火が出るから、それを移せばいい。)

「ぶっ・・・くくく・・・」

何か旅人が笑っているが、何だ?思い出し笑いとかか?

とにかく火があれば料理も出来るし、暖も取れる。恐らく獣避けにもなるだろう。

(思えばソロで王都へ向かった時も火さえ持ってればあんな事にはならなかったはずだ。)

チートの事ばかり考えていて野宿の準備を怠ったのが原因なのだが、

火を熾して松明くらいは作るべきだったと今更だが反省をする。

そう、

火を熾すなんて簡単な事くらいはしておくべきだった。

簡単な事だ。




 「おい。火はついたか?」

それから何十分か。何時間か。

いくらこすっても煙すら出てこない。

黒く焦げてはいるのだが・・・

焦りよりも疲れて返事をするのも忘れるが、

旅人は怒声も蹴りも浴びせることなく、周囲で何本か細い枝を拾ってくる。

それから腰のナイフを使い、鉛筆を削るかのようにしゃっ!しゃっ!と削りだし、

屑を纏めた後、おもむろに拾った石とナイフの背を鋭角に当てて火花を散らしたした。

飛んだ火花が木屑に付着するのを確認すると、両手で持ち上げ

「ふー、ふー。」

数回息を吹きかけるだけで火が着いた。

それを宮輔の組んだ木々に近づけていくと、

「大きい石、拳より大きい石を6個拾ってこい。」

「・・・は、はい!」

慌てて返事をして、指示された通り大きめの石を6個集めてくる。

戻った頃には立派な焚き火が出来上がっており、

そこに宮助の集めてきた石を両側に積んで

やっと簡易のかまどが完成したのである。




 その後、日が暮れるまで野草を摘みに行った。

といっても宮輔は知識がないので、ほとんど旅人の仕事だった。

一応それらの説明をいちいちしてくれてはいたが、空腹と疲れで全く頭に入ってこない。

戻って調理をするのも旅人だ。

そこでも説明をしてくれてはいたが、相槌を打つのが精いっぱいだった。

辛うじて塩味のするスープを流し込み、火が沈むと同時に薄い寝具で寝に入る。

「変わった靴だな。まぁいい。それを枕にするんだ。多少は寝心地が違う。」

言われるがまま、靴を脱いで頭の下に敷く。

川原近辺の為、石が多いのでどちらかというと敷布団がほしかったが、

旅人は起用に木を背中に座ったまま寝始めた。

(あとどれくらいで着くんだろう・・・)

初日から疲労困憊な宮輔は、質問を口にすることなく睡眠に入る。


「おい。おきろ。朝だ。」


寝たと思っていたら起こされた。

しかし確かにもう周囲は明るくなり始めている。

よくわからないほど熟睡した宮輔は、

昨日の野草を突っ込んだスープをもらうと味わう事無く一瞬で平らげ、

寝具や食器を皮袋に詰めると、王都への旅が再び始まった。






 少しだけ旅に慣れてきた5日目。

相変わらず高圧的な旅人に怯えながら歩いていると、

「見えたな。」

その声に俯いてた顔を勢いよく上げ、正面の景色を見据える。

「・・・あ、あ、あ・・・」

形容しがたい感情に襲われ、開いた口から声が漏れる。

何度もモニター越しに見た景色は目の前のそれと完全に一致した。

FF11内で最初に訪れる王城『アルカサル』で間違いない。

「今日中に着ければいいんだが。あまり無理せず行こう。」

旅人はここまで宮輔の遅い歩行に合わせてくれていた。

しかしそんな事をわかるはずもない彼は、

とにかく一刻も早く、王城にたどり着きたいと気を焦らす。

「慌てんな・・・おい!!聞いてんのか?!」

何やら怒鳴り声が聞こえてくるが、ここまでくればもうこっちのものだ。

ただ、疲労も溜まっている為、想像以上に足は動いてくれないのも事実。

五月蝿い声に仕方なく、

「はい!」

と、いつもより大きめの声で返事を返し、

なるべく早く、急ぎつつも焦らず、王城に入る事を妄想しながら歩く。

(たどり着いたらとにかく宿で休もう!くたくたで頭も回らない!)

ここに来るまで自身のチート能力を考察しようと思っていたのだが、

早く寝て早く起きて、ずっと歩き続けるという過酷な旅で思考に回すだけの力は残っていない。

寝床らしいものもなく、背中が痛いので草の上で寝ようとすると

虫に食われ、刺されて寝不足になった日もあった。

(それと馬車だ。移動にこれだけ体力を使っていては何も手につかなくなる!)

ゴールが見えたことにより、

疲労困憊だった体の中に残っていた最後のエネルギーが燃焼を始めたようだ。

眠っていた頭脳も働き始め、いよいよ美少女との邂逅が間近に迫ってきた。

しかし淡い期待も空しく、彼の歩行速度では今日中にたどり着く事はなかった。

非常に歯がゆい気持ちになるが、

「明日の昼前には入れるだろう。」

という旅人の言葉を信じ、今日はまた野宿で夜を明かす。




 相変わらず疲れのせいか、一瞬で寝て一瞬で朝が来る。

しかし今日だけは気持ちの高ぶりが違っていた。

(いよいよだ・・・・・)

すでに到着が決定していた為か、寝起きもすっきりしていて頭も非常にクリアーだ。

(よし、王城に入るまでの道のりで、何とか今後のプランを立ててしまおう。)

過酷な道のりと理不尽すぎるパワハラに耐え切った宮輔は、

既にいくつかレベルアップしているんじゃないかと錯覚する。

朝食も済ませ、文句を言われたくないので最後の日くらいは道具を丁寧に掃除し、

皮袋にしまって背負う。

旅人が少し優しい眼差しを向けていたが、野望に燃える彼が気づくはずも無く、

2人は昨日と同じペースで焦らず王城までの道を進んでいった。




 城壁の近くまで来るとその高さに圧倒された。

ヒロトのような辺境の村とは違い、非常に頑丈な石造りの建造物を目の前に、

思わず手を伸ばし触る宮輔。

そんな事をしてる間に旅人が城下へ入る手続きを済ませて戻ってきた。

「よし、じゃあ中に入るか。」

短くそう言って、宮輔の分の証書を手渡してくる。

この世界にきて初めての重要アイテムにまたも心が躍り出すが、

(・・・ここからが本番だ!!)

深呼吸して気を静めると、旅人の後に続いて城門を通過する。

見れば周囲の兵士達は簡素なデザインながら重厚な鎧を身に着けていて、

中にいる住人達もゲームで見たような衣装で行き来していた。

(・・・モブはこんなもんか。まぁもさっとした衣装だよな。)

あまり色彩も派手ではない、

宮輔から見ればヒロトの村人たちよりは若干マシ程度の感想しか出てこない。

容姿的にも整った顔立ちな気はするが、それでも主役級ではないな、と評価を下す。

「雑貨屋と区長の家に挨拶に行くが、お前は城にいくのか?」

しばらく歩くと旅人が尋ねてきた。いよいよチャンスだ。

「は、はい。他にも寄りたいところがあるので・・・」

「じゃあ終わったら宿屋に来い。『シナモン亭』で落ち合おう。」

短く告げると旅人も自身の目的地に向かって歩いていった。


・・・・・


いよいよだ。

何処から行く?

この城下街で出会える美少女は3人。盗賊、冒険者、王女だ。

どれもすぐに孕ませる自信がある。それくらいの美少女達が俺を待っている。

疲れが吹っ飛んでいると感じるのは高揚感からか?

とにかく誰でもいい。仲間にしよう。

もちろんハーレム的な意味合いが強いが、旅の同行者としても期待したい。

妄想と計画が脳内で溢れ返る中、大通りを歩きながら周囲の建物を見て回る。

(凄い・・・ゲームと全く同じじゃねぇか!)

勝手知ったる様子ですたすたと歩く宮輔。

そしておもむろに路地裏に入ると、置いてあった木箱を持ち上げてみる。

「・・・・・ないな。」

確か記憶ではここに50ゼンがあったはずだが。

この辺りはゲームと少し違うのか。

仕方が無いので後は民家の箪笥や本棚を漁ろうと思ったその時。


「あんた。こんな所で何やってんのさ?」


とても聞き覚えのある可愛い声に呼び止められた。




 確認するまでもないが、全力で声の方に振り向く宮輔。

そこには夢にまで見た美少女の1人、

濃い紫の長髪を纏め上げたロングポニーヘアー。

太腿を強調したローライズのショートパンツは否が応にも性欲を掻き立てる。

おへそ周りの露出はもちろん、短いベスト調の上着は腋属性の人間を十分に満足させてくれるだろう。


そんな女盗賊の『アエラ』が手すりにお尻を乗せてこちらをジト目で見てきていた。


「ああ!アエラだね?!僕は末宮宮輔!!え、っと。僕と一緒に旅に出よう!!」

モニターが邪魔で直接触れる事が出来ない存在だった美少女を前に、

今まで抑えていた欲望が決壊してあふれ出す。

転生者であり無双チート持ちだと疑わない彼に彼女が自分の誘いを断るなど微塵も考えていない。

会話して、いい感じの選択肢を選べばそれでいい。


そう、ゲームではそうだ。


鼻息荒く、そして大きな皮袋を背負い、

この世界では見慣れない服を身につけて欲望丸出しの顔をする男に、

「はぁ?あんた頭おかしいの?てか何で私の名前知ってんの?」

醜いものを見るような、眉間にしわを寄せた険しい表情になると、

更に声のトーンを落として質問してくる。

斜めに腰掛けている為、死角となっている右手にはナイフが握られたのだが、

そんな事を知る由も無い宮輔は、

(選択肢か・・・こんなのあったっけ?まぁいいか。)

最初の街での仲間を加えるイベントなんてチュートリアルよりも容易い。

「・・・共に世界を救う仲だからね。知ってて当然さ。」

何となくそれっぽいセリフを、出来るだけ格好良く言ってみる。

もしかしてこの後イベントが発生するかもしれないが、

それも大して難しくは無いだろう。

ここは最初の街なのだから。


「頭ぁ。こいつぶっ飛んじゃってますね~。」


更に可愛い声が聞こえてきた。

当然知っている。部下の1人『リキュール』だ。

もこもこっとした明るいイエローの髪をツインテでまとめていて、

衣装はアエラに似ているものの、こちらはミニスカ、ハイソ仕様。

更にロリキャラ巨乳と王道の萌えをフル搭載している。


ということはあと1人の部下、無口キャラの『フォーリア』もいるはず。

(個人的にはこの無口キャラがお気に入りなのだが、どこにいるんだろう?)

思わず周囲を見渡すが、リキュールが後ろに立っていた事だけしかわからなかった。

「どうします?殺ります?殺っちゃいます?」

リキュールが外見や可愛い声とはかけ離れた物騒な事を口走っているが、

こちらは主人公でチート持ち。

凄惨な結果などに絶対ならないし、むしろ美味しい展開が待ってる可能性さえある。


「まぁお近づきにはなりたくないね。けど、殺るのはちょっと待て。」


アエラが制止して、こちらをまじまじと見てくる。

宮輔は未だ高校の制服を着ている。

これはこの世界だと珍しい物に違いないという確信はあった。

何故なら今まで読んできた異世界モノのセオリーだからだ。

だからこそいい意味で目立ってこういうイベントが発生するんじゃないか?

と、期待していたのだが、その読みは当たったらしい。

今まで女子に食い入るような目で見られた事が無い宮輔は心が高鳴る。

しかも相手は最高ランクの美少女だ。

(日本でせせこましく生きている奴らには絶対出来ない体験だ・・・)

これこそ選ばれた者の特権だろう。大いに浸っていると、

「よし。着てるものは頂こう。皮袋は中身次第ってとこだな。」

「・・・了解。」

うん?

何やら話しが勝手に決まったようだが?

(あ、フォーリアの声が聞こえたぞ?!どこだ?!)

慌てて周囲を見渡そうとした瞬間、


めきゃっ!!


一瞬何が起こったかわからなかったが、どうやら膝に大きな衝撃を受けたようだ。

気が付けば右前に探していたフォーリアの姿が。

だが、彼女の右足の甲は、宮輔の右膝に深くめり込んでいた。

「・・・・・ああああっ?!痛っっ?!?!」

叫び声を上げようとした瞬間、後ろにいたリキュールが太めの縄で口を縛ってくる。

一瞬彼女の大きな胸が背中に当たってはいたのだが、

今の状況で彼がそれを堪能出来る余裕はなかった。

訳がわからなくなり、皮袋を手放した宮輔は同時に尻餅をつくと、

「叫ぶな。これ以上痛い目に遭いたくなかったらな?」

目の前には美少女だが、左手に持ち替えたナイフをちらつかせ、

しゃがみこんでこちらを睨むアエラがいた。

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ラノベの知識をフル活用!現役厨二病患者が念願の異世界転生を果たす! 吉岡 我龍 @yoshioka_garyu

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